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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

慌ただしいこの一か月半を過ごして思うこと

いま改めて手帳の1月のページを見ると、5日の正月明け以後、何も予定の入っていない日は2日しかなかった。

 

野党共闘を進める新しい市民団体の発足集会の準備と開催に追われるうえに、スタンディングの新年会の幹事が重なり、加えて民生委員の会議や新任研修もあり、古文書の講座には1回しか行けなかった(2月もたぶん1回しか行けない)。

 

今月に入ると動き出した市民団体の事務局の一員として、野党4党の東三河支部担当者との面談の予定が入り(昨日でいちおう全部終了)、その報告の資料を作成したり、先月の発足集会参加者へのお礼状と送付資料を作成したりなどに追われている。

 

そんな訳で1月は行きそびれてしまったので、午後4時過ぎまで予定の入っていない今日、やっと墓参に出かけた。風はあるけれど、おとといまでのような頬をさす冷たい風ではない。最寄り駅で電車を降りて十数分、高台にある霊園への坂を上る頃には、マフラーを外しコートのボタンをはずさないと汗ばんでしまいそうだった。

 

墓参のあと、隣接する梅園に立ち寄る。まだ早咲きの数種類以外は蕾もかたいが、春めいた日差しに誘われた人たちが写真をとったり散策を楽しんだりしている。ちょうど昼時でもあったので、私は花より団子とばかり、テント張りの茶店の前の赤い毛氈を敷いた床几で、五平餅や和菓子やお茶を楽しむ。

 

そうしていると、どうしても、同じようにこの床几にすわって母と甘酒を飲んだ日のことを思い出す。まだ我が家で暮らし始めた頃は、霊園の一番奥の方にあるうちの墓から、この梅園まで歩く元気が母にあったのか・・・と信じられないような気がする。それから急速に足が弱ってしまって、家の周囲の散歩以外あまり外出したがらなくなってしまった。大好きだった、デパートに洋服を見に行く提案にさえ乗って来なくなった。

 

もう少し足が達者なうちに同居していたら、同居しているうちに私が働かないでいい状況になっていたら・・・と思うけれど、これはせん無い「タラレバ」ばなし。実際には、一緒にいた時の私は、自分の短所を濃縮して見せつけてくれるような母に、イライラしてばかりいた。まだ音訳ボランティアもしていたので、休みの日は母とゆっくり散歩をするより、録音をしたいと時間を惜しんだ。

 

ないものねだりや失ったものを惜しんでも仕方がない。いま与えられている状況、いま手にしているものを大切にしよう。もう失うものは健康くらいしかないけれど、「しか」なんて言ったらばちが当たりそうにありがたいものだと思う。

 

 

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                 (写真は去年のものです)