よんばば つれづれ

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ささやかな幸せを感じる『幸せのプチ』朱川湊人著

大阪万博の頃から東京スカイツリーが話題になる頃までの、都電の走るある下町の片隅の物語。ニュースになるほどの大きな出来事はないけれど、そこに暮らす人たちにとっては毎日さまざまなドラマが繰り広げられる。そこから6つの物語を掬い取って、心温まる連作短篇を紡いでいる。

 

第一話 追憶のカスタネット通り

どこにもいそうな若いカップルを襲う過酷な運命。男はどう行動し、女はどう運命に対処したか。35年後、おそるおそる思い出の町を訪れた男が知る、彼女のその後の生き方。

 

第二話 幸せのプチ

タイトルにもなっている作品。『幸せのプチ』の「プチ」とは、この町で暮らす白い野良犬に、主人公の少年たちが付けた名前だ。そしてプチは、全編を通してチラチラと登場する不思議な存在だ。この時代、少年たちの憧れだったプラモデル店を中心にして野良犬をめぐっておきる事件。やはり動物好きな私としては、この物語が一番心に残った。

 

第三話 タマゴ小町とコロッケ・ジェーン

都電の線路を挟んで向かい合う肉屋とパン屋。どちらにも同じ年の娘がいて、しかもどちらも美人だ。和風で清楚そうなパン屋の娘と、純日本人でありながらなぜかハリウッド女優のような肉屋の娘。仲良しの二人に、憧れる男たちが絡んで事件が起きる。

 

第四話 オリオン座の怪人

舞台や映画にあったようなタイトルのこの一篇は、町に出没するという銀色のお面を付けた黒いコートの男性をめぐる話。いまどきのちょっとアブナイ人かと思わせるが、この男性にはこうしなくてはいられないような悲しい過去があった。辛い経験をした者同士が心を通わせていく、これもとてもいい話。

 

第五話 酔所独来夜話

「酔所独来」は四字熟語などではなく、「スットコドッコイ」と読む。この町にある飲み屋の名前だ。この篇だけが登場人物それぞれのセリフの調子で書かれ、最終章の前の口直しのような存在になっている。

 

第六話 夜に旅立つ

早くに両親を亡くし、おでんの屋台で生計を立てる祖父母に育てられた勇治の物語。ジイちゃんを町に残し大阪に板前修業に行くことになった勇治は、世話になった町の人たちにあいさつに回る。今までの話に出てきた人物たちも登場させつつ、勇治の恋とその後が、温かく描かれる。人生は辛いこともたくさんあって、ドラマや映画のように華やかなことはあまり起きないけれど、真面目に生きるっていいなあと、読み終わるとほんわかしたものが心に残る。

 

朱川湊人さん、私よりちょうど一回り若いようだが、著者の描くノスタルジックな東京の下町は、私にも十分懐かしいものだった。

 

 

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第三話