よんばば つれづれ

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「いつぶり」って平気ですか ほかにもいろいろ

この間市民館に行った時、新刊コーナーから借りてきた本を読んだ。芥川賞受賞のある女性作家の作品だ。受賞時のニュースを見た時には、若くきれいな女性が芥川賞まで取ってしまい、天は時々「にぶつ」も「さんぶつ」も与えるなあと思ったものだ。


そのひとも今や立派な熟年となり、芥川賞始めいくつかの文学賞の審査員となっている。けれども、その作品の中でまた2、3言葉が気になってしまった。「・・・とつまらなそうに言った」というよくある間違いは目をつぶるとしても、「外で二人で食べるの、いつぶりだろう」という言葉遣いに出合って、興ざめしてしまった。


ごく普通の地の文に珍しい言い回しを使ったりしていて言葉はとても選んでいるようなのに、それでどうしてこんな言い方を使うのだろう。しかもこの言葉を言っている人物はとても落ち着いた雰囲気のひとで、特にこのような今風の言い方をさせねばならない必要は感じない。話し言葉として耳にしても不快なこの言葉を、小説の中の言葉として目にしたくはなかった。



テレビの中、ドラマ、CM、バラエティー(これはほとんど見ないけれど)で、日本語がどんどんぐちゃぐちゃにされていく。いちいち気にしていてはいられないほど。

どこやら金融関係のCM。グレンチェックだったかクラブチェックだったかのジャケットを着た佐藤浩市さんが、重厚な書斎で資産運用について語る。いかにもハイソサエティに向けたCMだ。おもむろに彼が言う。「・・・について御検討しているお客様」

佐藤さん、それは失礼でしょ。 「御検討する」では謙譲語になってしまう。「検討なさっている、あるいは、検討していらっしゃるお客様」、どうしても「御検討」と「御」をつけたいのなら、「御検討になっているお客様」だ。

難しかったら易しい例で考える。「持つ」なら分かり易い。

荷物をお持ちする・・・・・目下が目上の方に対して・・・「御検討している」はこれと同じ
荷物をお持ちになる・・・・目上の方の行動を敬って

「相棒」の右京さんもしばしばこの間違いをしでかして、あまり頭の切れる人って感じではなくなっていて残念。よくあるシーンは事件の参考人に会って、

「あなたは前にも○○にお会いしているのですね」というセリフ。決して相手はチンピラなどではなく杉下氏は敬意を持ってお伺いしているシチュエーションだ。ここは当然「お会いになっている」でなくては相手に対して失礼。私みたいなへそ曲がりなら「お答えしたくありません」と言いたくなる。


自分の身内のことを第三者に頼む時「○○を見守ってあげてください」などと言うのももうすっかり当たり前になってしまった。昨日の『流星ワゴン』最終回でも倍賞美津子さんが香川照之さんの臨終間近の枕頭で、集まった人たちに「声を掛けてあげてください」と言っていた。いくらそれが自分の夫の会社の社員たちでもここは「声を掛けてやってください」だろう。

そうかと思うと別のシーンでは吉岡秀隆さんが香川さん(父)と西島さん(息子)を「もう一度会わせてやってください」と神様に祈っていた。この脚本家はどういう基準で「あげる」と「やる」を使い分けているのか。もしかして男は「やる」でもいいけれど、女はいけないと思っているのだろうか。

ずいぶん昔、海老名香葉子さんが、私は極力「やる」ということばを避けていますと言っているのをテレビで見たことがある。その影響で「やる」が嫌われるようになった訳ではないだろうが、どうも近頃「やる」も「にくい」も嫌われてあまり使われなくなっているようだ。トイレの洗浄剤のCMで「汚れがつきづらくなります」なんて言うのを聞くと、どうにも落ち着かない。汚れは「つきにくく」なってほしい。

私の知っている女性で「おなかをくくる」という人がいる。「はら」なんてはしたなくて言えないのかも知れないが、やはり「くくる」のは「はら」であって、だんじて「おなか」ではない。

自分の身内のことを言うには「・・・してやりたい」「・・・してやってください」が適切だと思う。また、植物に対して「水をあげる」も当たり前みたいになっているけれど、これも「やる」だ。



たくさんの方がお集まりいただきました・・・たくさんの方「に」、「が」なら「くださいました」

珍しいものが売っています・・・珍しいものが「売られています」or珍しいもの「を」売っています


そのほか、謙虚に見せんがための「させていただく」の過剰な反乱にもはやアレルギー状態だ。



気にならない方にとっては何を細かいことを・・・だろうが、何の因果か味覚は大雑把なのに言葉に関しては敏感らしく、気にすまいと思ってもどうしても気になってしまう。美味しい料理の中に、ザラッと砂を噛んだ時のような気持ちになってしまうのだ。困ったものだ。




ほとんど知っている言葉ばかりだったけれど、
そばに置いて時々読み返し、大和言葉を忘れないように・・・


この言葉は知りませんでした