よんばば つれづれ

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おっ、お片づけセラピスト?!

「お片づけセラピスト」なる言葉があり、資格があり、職業があることを知った。非常に驚いて、調べてみたら「一般社団法人 日本お片づけセラピスト協会」という団体があった。ここがかってに自主的に養成講座をし、かってに自主的に資格を認定しているらしい。「お片づけ」って、幼稚園児じゃあるまいし・・・。

 

私はもともと整理整頓好きの性分であるうえに、何年か前から人生の引き算の時期に達したという思いから、極力身の回りの物を少なくする努力を始めた。私は、家の中がすっきりしていないと落ち着かないしくつろげない。

 

でもこれは私の個人的な好みだ。周辺に不用品がはみ出すほどのゴミ屋敷にして、臭いや安全などの点で近隣に迷惑をかけるなどの実害がない限り、物が捨てられなかろうと家の中が乱雑だろうと、その住人がそれで良ければ構わないと思う。整っているのが善で、乱雑なのが悪だということはない。

 

いつのころからか「断捨離」とかいう言葉がもてはやされ、片付けの得意な人がプロを称してマスコミなどで活躍するようになった。物を捨てられないことがマイナス評価になる時代だ。高度経済成長期には、国民の多くがこぞって物を買いこみ、「ウサギ小屋」と言われた小さな家の中を、物でいっぱいにして幸せを感じていたものなのに・・・。

 

このなんとか協会のホームページの説明文の中に

片づけができることが良いこと。片づけられない捨てられないのは良くないこととされがちな風潮の中で、肩身の狭い思いをされている方達の心を楽にし、お片づけを楽しむ方法を伝えていくことができるのがお片づけセラピストの役割であり、使命だと考えています。

とある。片付けられないことは良くないことと決めつけることを批判しているようで、その実「お片づけセラピスト」の力を借りて片付けを進めましょうと言っている。やっぱり「世の中の風潮が」ではなく、なんとか協会さんこそが、片付けられる人になる必要がありますねと言っているようだ。

 

片付けが嫌いな人は嫌いで構わない。家族から苦情が出るようなら、嫌だと思う当人が片付ければよい。片付けられないことに罪悪感を抱くことなどない。私自身は足の踏み場もなく、座ったあと立ち上がるとスカートにゴミがいっぱいくっついてくるようなお宅に積極的に遊びに行こうとは思わないけれど、どこからどこまですっきりピカピカの家に行くのは落ち着かなくて嫌という人もいるだろう。

 

このなんとかセラピストというのは今日の「よんばばんち」で出た話題だったのだけれど、政治の話であれ片付けの話であれ、要は自分の考えを持つということだと思う。みんなが「物を捨てよう」と言うから捨てなくちゃ、だの、みんなが20歳になったら晴れ着を着て成人式に出てそのあとにぎやかに遊ぶらしいから遊ばなくちゃ・・・だのと振り回されないことが大切だ。自分が本当にしたいことは何か、どういう生き方が快適で落ち着くのか。みんなが暮らす社会が、どんなだったらより気持ちよく過ごせるのか、などなど。

 

 

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動物はたぶん他猫(ヒト)と自分を比べたりしない。ドリーム(向かって右)にとって何と言っても大切だったのは食べ物!オーガスト(同 左)にとっては、気位だったかなという気がする。

 

 

 

がんばる花たち

アレンジメントフラワーのプレゼントをいただいても、バラの花はうまく水揚げできずすぐに首がうなだれてしまうことが多い。それが残念で早めにドライフラワーにしてしまうこともある。

 

ところが、昨年のクリスマスプレゼントに届いたお花はとても元気が良くて、バラが首うなだれることもなく、かなり長く楽しめた。ダメになったものから抜いていっても、1月の半ば近くまでそのままのアレンジの形を保つことができた。暖房しない玄関に飾っていたのも良かったのかもしれない。

 

届いたばかりのお花

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最後まで頑張ったバラ、1月18日撮影。

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そしてこれは買ってから3年目か4年目のシクラメン

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購入した年はいいけれど、たいてい二年目からは陽光不足なのかヒョロヒョロの姿になってしまうので、このシクラメンは花が終わった後ベランダに出していた。葉っぱもほとんどなくなって死んでしまったかのようだったが、諦めずに水やりを続けていたら葉が出て、つぼみも付け始めた。そしてお店で売っているもののようにはいかないけれど、これだけの花を咲かせてくれた。嬉しい。

 

お花屋さんできれいに花をつけている鉢を見るとつい買いたくなってしまうけれど、花期が終わった後も生きていると思えば捨てられず、かといって残しておいてもうまく花がつかなかったり姿が崩れたりして、庭やベランダがなんだかわけの分からない鉢だらけになる。

 

そういうのが嫌になって、もうやたら鉢植えを買うのもよそうと決めたのだけれど、やっぱり花屋さんで色とりどりの美しい花たちを目にすると、花っていいなあと思ってしまう。

 

 

 

レジかごリュック、とっても便利!

昨日の朝は、ほんのうっすら雪化粧の豊橋だった。とても寒かったけれど、それでもちょっぴりの雪はすぐ消えた。そして今日もほぼ一日どんよりとした寒い寒い日だった。金曜日でコスモス会の日だけれど、中止にすると朝一番に連絡が入った。インドネシアベトナムから来ている人たちには、この寒さは応えることと思う。こんな日は、家にいられるのなら家でぬくぬくしているに越したことはない。私も正直なところほっとした。

 

でも、6のつく日の今日はいつも利用するスーパーで全品一割引きで買える日なので、午後いくらか日がさして寒さがゆるんだころ合いを見て、買い物に出かけた。

 

一割引きで買えるワケを紹介した過去のエントリ

yonnbaba.hatenablog.com

 

もうちょっと進化したカメさんの日

yonnbaba.hatenablog.com

 

このカメさんの日はまとめ買いをするので、いつも帰り道はパンパンにふくらんだショッピングバッグを両手に提げて、よろよろと歩く羽目になる。以前からショッピングカートを買おうかといろいろ品定めもしてみたのだけれども、なんとなくカートには踏み切れなくて、このたびレジかごリュックを購入してみた。

 

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星のステッチがちょっと可愛いでしょ?

 

今日はそのバッグを初使用。レジかごバッグはその名の通り、レジでかごにセットするとその中に購入した商品が入れられて、支払いを済ませたらそのまま口を絞めるだけで買い物終了。時短(暇なので別に急ぎはしないが)で手間なし、リュックにして背負えば運ぶ大変さも軽減される。いいことづくめだ。どうしてもっと早く利用しなかったのかと思うほど。

 

 

夕方、野中広務さんの訃報が入った。沖縄の人々に心を寄せ、現在の自民党のありようを憂う方がまたひとりいなくなってしまった。

 

 

とても寒い一日と期待にそえないブログ

今の家に住んで23年たつ。その間、どんなに寒い冬の朝でも室温が一桁になることはめったになかった。それが、この冬は12月に早くも8度という新しい記録を刻み、1月に入るとさらに7度という日が現れ、そして今朝はついに6度となった。今年は、一気に最低気温の記録を3度も更新してしまった。

 

今日は民生委員の仕事で小学校に出かけたのだが、外に出ると非常に冷たい風がビュービュー吹いていて猛烈な寒さだった。関東のほうでは慣れない積雪で生活が混乱しているのを思えば、こちらではまだ雪がないのは救いだろうか。

 

しかし、夜になってこちらでも雪が舞い始めた。今外を覗いてみたら、場所によってはうっすら白くなっている。明日の朝は雪景色になるかもしれない。

 

 

ところで、このブログで圧倒的にアクセスが多いと思われるのは、4年ほど前に書いた伊坂幸太郎さんの『グラスホッパー』の感想を綴ったエントリだ。伊坂さんは人気作家だし、『グラスホッパー』は生田斗真さん主演で映画化もされたので、検索でたどり着く方が多いらしい。

 

それが、このところ人気エントリの首位の座を、竹島水族館の記事に明け渡した格好になっている。やっぱり観光とグルメネタは人気があるのだろうか。でも、水族館記事で訪問してくれた方は、きっとすぐ落胆するだろう。私のブログは右のカテゴリ欄を見ても明らかなように、引きこもり気味の「ばば」が本やテレビ・動画の感想を書くのがおもで、あとはたまに社会活動で出かけたことを書くくらいの、観光やグルメネタはめったにないブログだから。

 

それにしても、今こんなに寒さに震えているのに、あと5、6か月もすれば今度は暑いと文句を言う季節になる。地軸がちょっぴり傾いているというだけで、夏と冬とで何十度もの気温の差ができるというのは面白いことだ。

 

 

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yonnbaba.hatenablog.com

記事を書いてから何年もたったある日、すごいアクセスがありビックリした。どうして?と思ったら、この映画が封切られた日だった。

新春合同絵画展へ

おととしのスタンディングのPEACE展がきっかけになって、すっかり絵描きとしても忙しくなってしまった”言い出しっぺ”の参加している絵画展に出かけた。昨日行くつもりでいたのだけれど、レビューに書いた通り柴田よしきさんの本が面白すぎて止められず、外出を延ばしてしまった。今日は最終日なのでなんとしても!

 

迎えに来たタクシーに乗り込み、「馬見塚町のギャラリー茶房田園ってお分かりになりますか」と言うと、私と同じくらいかもう少し上かと思われる運転手さんは「?」という様子。案内はがきの地図を見せても首をひねっている。ベテランでいいはずの年齢ではあるが、転職して間もない方なのだろうか。

 

うちの団地を出るときにも「どっちに行けばいいですかねえ」と仰る。自慢じゃないが、めったにないほどの方向音痴の私に道など聞かないでほしい。それにしてもこの方で大丈夫なのだろうかと少々不安になる。ネットで調べた料金は2000円を少し超えるくらいだったので、それよりあまり高くなるようだったら抗議することにする。

 

それでも、なんとか予想の料金程度で目的地に到着した。やれやれ。カーナビもちゃんとついているのに、その機械を操作することさえおぼつかないのだろうか。この運転手さんに幸多かれと祈る。

 

ギャラリー田園はスタンディングの最初のPEACE展を開いた会場で、蔵を利用したギャラリーも別棟の喫茶スペースもなかなかいい雰囲気なのだけれど、車でない人には不便で、車の人には駐車場が狭いのが難だ。

 

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蔵を改造したギャラリー。この建物の左側に喫茶店の建物があり、内部はつながっている。

 

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ギャラリーと喫茶をつなぐ廊下の両側にも小部屋があり、向こう側の部屋は予約専用スペースで、壁には作品の一部が展示されている。こちら側は一般客用の席で壁にはぐるりとクラシックのLPレコードのジャケットが飾られている。店内に低く流れているのもクラシック。この写真の右側にギャラリーがあり、左側に喫茶のメインスペースがある。

 

作品は日本画あり油絵あり、”言い出しっぺ”の作品は水彩だ。展示数は多くはないが、心惹かれる作品も少なくなかった。

 

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廊下からギャラリースペースを望む。

 

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絵を鑑賞した後、ちょうどお昼時なのでモーニングの「パンセット(グラタン付き)」を注文。このお店はランチメニューがない代わりに、モーニングのメニューが充実している。スープはコンソメとポタージュから選べる。私はコンソメ。野菜たっぷりに桜エビも浮いていて、ポーチドエッグ入り。三種類のパンが美味しかった。コーヒーカップはいろいろなもので出されるが、今日は我が家にあるのと同じ、コシノヒロコさんデザインのシリーズだった。

 

帰りはウオーキングを兼ねて豊橋駅まで歩くことにする。PEACE展の時、名古屋から来てくださったwattoさんが駅から会場まで歩いたとブログに書いていらしたから、歩いても大した距離ではないはず。

 

店を出て、あのタクシーの運転手さんではないけれど、さてどっちに行ったものか。野生の勘(オソロシ・・・)でこっち!と決め歩き出す。大きな通りに出て、またしてもこっち!と選ぶ。しばらく歩くとバス停があって時刻表に「市民病院行き」とある。いけないこれは反対方向だ、とこれくらいは天才的な方向音痴にも分かった。回れ右をしてきた道を引き返す。

 

大きな交差点に出くわすたび、ときにドキドキしながら選び、ちょうど自転車の人が通れば聞いたり、スマホで調べたり(地図を見ること自体も苦手だけれど)しながら歩き、小一時間近く歩いたころ「豊橋年金事務所 500m」の表示看板を発見。ああ、やっと私の分かるところにたどり着いたとほっとした。年金事務所には60歳になった時年金の手続きで訪れたことがある。

 

こうして約8000歩(なんだたったこれだけなんだ)1時間ほどの冒険(おおげさ)が終了し、無事豊橋駅西口に到着した。

 

このあと駅前からバスに乗り、少し遅くなってしまった墓参りにも回ったので本日は1万3000歩ほど歩いた。1万歩以上歩いたなんて何か月ぶり、いや、1年以上ないかも知れない。さすがに少々足も痛いし、疲れた。これくらい毎日歩いているという方も多いことだろう。この程度で疲れるなんて、運動不足を痛感する。

粗忽者の読書 『フォー・ディア・ライフ』

別にこの物語が粗忽者の話というわけではない。読んだ私が、おっちょこちょいなだけである。

 

柴田よしきさんの作品、三作目。今回は『フォー・ディア・ライフ』という、無認可保育園の赤字を埋めるため、裏稼業であやしげな私立探偵をしている元刑事の園長が主人公という、かなり男臭い物語。いままでの地道でどこにでもいそうな登場人物たちとはずいぶん違う世界だ。

 

ところで、前の2作を読んで、私は著者のことを随分繊細な感覚を持った男性作家だなあと感心していた。ところが、今回は男性らしい作品だなと思いながら手にしたこの本の著者紹介文に、「きわめて注目される女流作家のひとりである」とあってびっくりした。「よしき」という名前から男性と思い込んでいたのだが、女性だったのだ。

 

それにしても、この作品では作風がガラッと変わって、東京の裏側、夜の新宿で働く女性たちのための無認可保育園をとりまく世界が描かれる。様々な事情でひとり親家庭になり、劣悪な状況で子育てをせざるをえない親たちや、不法労働しながら日本人との間にできた子供を育てる外国人女性たちと、無国籍のその子供たち。

 

ヤクザの親分の妾だった女性が作ったこの無認可保育園を引き継ぐことになった主人公の花咲は、捜査の過程で不運にも同僚の警官を射殺してしまった過去を持つ。不幸な女性たちのために良心的な料金で経営する保育園は、慢性的な赤字だ。それを園長の花咲が、体を張る裏稼業で稼いで補填している。

 

その裏稼業の仕事には、捜査の途中で探偵が一人消えている、裕福な家庭の中学生の少女の失踪調査や、高校中退の少年をヤクザの世界から救出するという危なげな依頼が入る。

 

ひとり親家庭や外国人の労働と、無国籍児を生みやすい日本の国籍法の問題など、現代日本が抱える問題をさりげなく物語に絡ませながら、同時に失踪した少女の行方やヤクザに追われる少年の安否、さらにその少年と親しかった高名な漫画家の秘密までかさなって、読み始めたら止められないほど夢中になって読んでしまった。

 

指を詰めるだのクスリだの無免許の医者だのといった、日の当たらない裏社会の要素ばかり詰め込んだ話なのだけれど、やはりこの作品にも前二作と同じ優しさと誠意があふれていて、読んでいる間も読み終わってからも、とてもさわやかな気分だ。

 

ただ、1998年発行のこの作品では、パソコンやインターネットを取り巻く環境が現代とは隔世の感があり、少し大げさに言えば、時代物を読んでいるときくらいの隔たりを感じる。いっそ、それらが全くない時代なら気にならないのだろうが、1998年というのはちょうど大きくて高価な携帯電話があったり、電話回線などでインターネットを使い始めたりしていた時代で、そうした描写が結構出てくるので、そのたびにああそうだったなあという感慨を覚えてしまった。

 

 

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粗忽ついでに、もうひとつ・・・。

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以前書いた、近所のスーパーで買う「石けんで落とせるファンデーション」は、「石けん」でなく、「お湯で落とせる」だった。こんなに大きく書いてあるのに、思い込みが激しいというか、もう、そそっかしい、おっちょこちょい、粗忽、としか言いようがない、呆れた私でした。

鬼門と虎の皮のパンツと明日インドネシアに帰国するKさん

新しい年の国際協力コスモス会は、先週「初釜」でスタートし、二回目の今日は「十二支(Chinese zodiac)」のお話だった。

 

十二支が方角や月・日・時刻などを表すことは、日本人のある程度の年齢以上の人なら大抵知っているだろうが、担当したUさんがいろいろ調べて来てくれて、私たち日本人でも初めて聞くことがあり、とても興味深かった。

 

人と人の相性も十二支で分かるのだそうだけれど、今日一番みんなが盛り上がったのは、鬼門が丑と寅の間の方角(北東)で、そこから「鬼」というそれまで実体のなかったものに牛の角を持ち虎の皮のパンツをはいた姿が与えられたという話だった。

 

「虎のパンツ」のくだりで一斉に「へ~~っ!」と声が上がり、「そうだったんだあ」「なっとく~」「ガッテン、ガッテン!」と大盛り上がり。インドネシアベトナムの人にもみな口々に説明を加え、来月にはちょうど豊橋の鬼祭りもあることから、その鬼祭りの話にもなり、鬼談議で話に花が咲いた。

 

ついでながら、豊橋の鬼祭りの鬼を良く知っているつもりでいたのに、誰も虎のパンツをはいているかどうかは知らず、インドネシアのDさんがスマホで検索した画像で確認すると、ちゃんと豊橋の鬼も虎の模様のパンツをはいていた。

 

今日参加した外国人はインドネシア出身の人が3人とベトナム出身の人が1人だったのだけれど、いくらか形は違っても、日本の十二支(これもルーツは中国)と似たようなものがあり、やはり同じアジアの仲間だという思いを強くした。

 

ご主人の留学で日本に来て3年暮らし、そのなかで二人目のお子さんの出産もし、明日インドネシアに帰国するというKさんが小さいお子さん2人を連れて参加してくださった。日本での楽しい経験と感謝の気持ちを伝える素晴らしい挨拶に、みな涙ぐんでしまった。Kさん、インドネシアでもお幸せに!

 

 

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十二支についての絵本を読むUさん。

遅れてきた人も何人かいて、今日は10人の参加でした。