よんばば つれづれ

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伊坂幸太郎著『グラスホッパー』読んでない方にはサッパリ?かも

考え出したら迷路に迷い込んでしまいました。伊坂さんの仕込んだ謎、作者の意図はどうだったのだろう。この本を読んだ方々はどう解釈したのでしょう。

まずイミシンなタイトル『グラスホッパー』。バッタ。本分本文の中にも何度もバッタの習性についての記述が出てきます。〈これだけ個体と個体が接近して、生活する動物は珍しいね。人間というのは哺乳類じゃなくて、むしろ虫に近いんだ〉と主人公鈴木の大学時代の教授の言葉。もっともこれは鈴木の口を介して〈ペンギンが密集して生活しているのを、写真で見たことがあります。ペンギンも虫ですか〉とツッコミを入れさせていますが。

また「押し屋」(人の背中を押して車や電車に轢かせて殺す殺し屋)として登場する槿(アサガオ)には〈密集したところで育つと、『群集相』と呼ばれるタイプになる〉〈そいつらは、黒くて、翅も長いんだ。で、凶暴だ〉〈群集相は大移動をして、あちこちのものを食い散らかす。仲間の死骸だって食う。同じトノサマバッタでも緑のやつとは大違いだ。人間もそうだ〉と言わせています。

そして登場人物の名前も先ほどの槿のほかに、蝉、鯨、とあえて現実離れした名前にしています。主人公には名前をつけていますがとびきり平凡な鈴木で、しかも下の名前はいっさい出てきません。亡くなってはいるものの重要な人物の一人鈴木の妻も名前がありません。妻の仇と恨む相手も、非合法的なあくどい会社『令嬢』を経営している寺原社長の長男ということで寺原長男(ナガオではなくチョウナン)で済ませます。鈴木に『令嬢』の仕事を教える女は比与子(ヒヨコ)と、これまたいかにも偽名というか符号のような名前です。わざと人間味を消しているようで、作者はこれにどういう意味を込めたのだろう・・・と考えてしまいます。


次に幻覚の問題です。鯨は相手を急性の鬱にして(それがだめなら脅迫して)自殺させてしまうという方法で仕事を請け負っているプロの殺し屋で、すでに33人(だったかな)を始末してきていて、その罪の意識からかかなり重度の幻覚に悩まされています。田中という過去にカウンセラーだったらしいホームレスがそれを見抜き鯨に言います。〈兆候はあるんですよ、幻覚のしるしは。例えば、街で立っている時に、目の前の信号の点滅がちっとも止まなかったり(中略)、駅にいる時も、通過する列車がいつまで経っても通り過ぎない、とか、(中略)見始めの契機だったり、目覚めの合図だったりします〉と。

この言葉に従えば、物語の冒頭で鈴木が比与子の運転する車の助手席で交差点の信号の青色が点滅をはじめ、いくら待っても赤色にならないと感じる部分があって、もし妻を理不尽に失って打撃を受けている鈴木がこの時点から幻覚を見ていたとすれば、物語の最後、東京駅のホームで通り抜ける列車を鈴木が眺めながら〈「それにしてもこの列車、長くないか」と亡き妻に向かってこっそりと言う。急行列車は、まだ通過している。〉と感じているところまで、つまりこの物語の殆どは鈴木の見た幻覚なのか、とも考えられます。

そして彼が幻覚を見始める前に戻れば、それはほぼこの物語の発端、東京の繁華街に停めた車の中で比与子に仕事の指示を受けている場面になり、エンドレスリバースの物語になってしまいます。


そもそも東京駅のホームで列車の通過待ちをする鈴木の描写で終わる結末があまりにあっけなく、私の堂々巡りの思考もそこから始まったのです。頭の中に疑問符がいっぱいで、よしもう一度読み返してみようと、私としては珍しく続けて二回通り読むことになりました。気になる部分に付箋を貼り付けながら・・・。

一度目には見過ごしていたのですが、注意深く二度目を読んだことで、伊坂さんのミスも見つけてしまいました。鈴木は比与子と同じ27歳ということになっているのですが、先に書いた、人と昆虫の話をした大学の教授の話を、〈十年以上前、学生の頃に聞いた言葉だ。〉と書いているのです。あらら、では鈴木は飛び級でもして15、6歳で大学生だったことになってしまいます。しかもその二つの矛盾する事柄が、離れた場所に出てくれば気がつきにくいのですが、同じページの表裏というごく近いところに書かれているのです。私の見た伊坂作品原作の映画はみんな好きだったし、数は少ないけれど読んだ作品もみんな好きなので、このケアレスミスに気付いてしまってちょっと残念でした。(あと、〈盗難に適した車〉もいただけませんね。やはり素直に盗むのに適した、の方がいいんじゃないでしょうか)

このことに気付いてしまうと、物語の謎をこんなに真剣に考えるのも無駄かしら?と思ってしまいます。伊坂さんはそこまで深く考えていなかった?と思ったりもします。私としては槿さんも魅力的だけど、なんと言っても「槿さんの息子」だった健太郎と孝次郎の兄弟がとてもとても可愛かったので、ぜひホームで鈴木が見た兄弟が幻覚ではなく、実在していて欲しいと思うのですが、なにせ鈴木が孝次郎くんからもらったはずの昆虫シールが、彼のポケットの中にない!のですよね。

〈  〉内は作品からの引用です。


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このころは写真を入れたり入れなかったりしていたのだが、このエントリは私のブログの中では断然アクセスが多く、いまだに「注目記事」などで画面に表示されることがしばしばなので、最近のエントリと統一をはかるため、写真を追加する。