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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

お話できる範囲で結構です

ことば

13日放送の『相棒』のなかで右京さんが事件関係者に話を聞きに行って、「もちろん、お話できる範囲で結構ですから」と言いました。右京さんは今までにもかなりの頻度で敬語の間違いはあって、治納由気さんも「ちゃんとしゃべれ!」のサイトで何回かご指摘くださっています。もちろん間違うのは右京さんだけではないのですが、賢くてできる人という設定の人物が、基本的な敬語もちゃんと使えなくては困ります。

言葉からは離れますが、右京さんはよその家を訪問した時、部屋に入ってからもいつもコートを着たままです。イギリスに住んでいたことがある設定のようなのであちら式なのかもしれませんが、でももう日本に帰ってからも相当年数が経っていますし、できる方ならなおのこと郷に入っては・・・で日本式のマナーに改めるべきじゃないかと気になっています。

今朝の『がっちりマンデー』では、取材を受けたAmazonジャバリの担当者が「(試し履きした靴を)お戻しすることができます」と言っていました。そもそもこの方は「させていただく」大乱発のご丁寧すぎてとても気持ち悪い敬語(近頃非常によくある例ですが)だったのですが、丁寧すぎるのはまあ我慢するとしても、「お戻しする」はいけませんよね。

どうもテレビを見ていると世の中全般的に「お○○になる」という言い方が苦手になっているようです。以前NHKの天気予報の女性が「今日は傘を持ってお出かけしてください」と言うのもよく聞きました。「お」をつければ丁寧と思いこんでいる方が多いようですが、「お持ちします」の例を考えれば分かるように、「お○○する」は謙譲語になり、自分の行為をへりくだって言う時に使います。尊敬語にしたかったら「お○○になる」にしなければなりません。「お持ちになる」「お戻しになる」なら、視聴者やお客様に対する敬意を表せます。右京さんは「お話になれる範囲で・・・」と言えばスマートだったと思います。

私たち大人の世代が日常生活であまり敬語を使わなくなったため、若い人たちは聞いて覚えるチャンスがないまま育ち、アルバイトや就職で急に敬語を使わなければならなくなっています。敬語に限らず、母国語の微妙な違いを身につけるためには正しい使い方をたくさん聞かなければなりません。いまや大人たちも時と場合で使い分けることさえしなくなり、若い人たちの言い回しやくだけた言い方を平気で公の場でも使ってしまいます。

私自身も一人暮らしで話をすることが減ったうえに年齢的なおとろえもあるのか、唯一使えるはずの母国語も日々あやしくなっています。ちょうどGyaO!小津安二郎監督の『お茶漬けの味』が無料視聴できたので、昔の女性の言葉が聞きたくて視聴しました。驚いたのは、私が生まれた頃の作品なのですが、小暮実千代の演じる奥様がかなりご主人を馬鹿にしていたことです(どうもご主人は"逆たま"っぽいのですが)。言葉こそ敬語を使ったりしてはいますが、やはり女らしい魅力は言葉だけでなく心も大切だと痛感させられました。終盤でご主人と仲良くお茶漬けを食べるときには、生意気だった彼女も可愛らしく見えました。