よんばば つれづれ

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友達・夫婦・親子さまざまな人の繋がりが心に響く『ひとがた流し』北村薫著

『中野のお父さん』『太宰治の辞書』につぐ北村薫さん作品の3冊目だ。これまでとはまたテイストが違った。どれもそれぞれにいいけれど、感動の深さでは文句なしに本作だ。

 

四十代に入った3人の女性を中心に、その配偶者、娘たちを群像劇のように描いていく。主人公はテレビ局のアナウンサーをしている千波。友人の牧子や美々とは高校生のときから(牧子とは小学校から)の付き合いだ。特に牧子とは、取材などで地方に出かけなくてはならない時、飼い猫ギンジローの世話に通ってもらえるほど家も近い。

 

その牧子はバツいちで、小説を書いて一人娘を育てている。美々も一度結婚に失敗しているが、現在は再婚した写真家の夫を手伝いながら、娘と3人とても仲良く暮らしている。千波もシングルマザーに育てられたのだが、母親は中学校教師だったため、あまり経済的に苦労した記憶はない。

 

二十代の時に朝の早い時間の番組を担当していた千波は、世間一般の生活時間と大きく異なる人生を送ったこともあって、ほとんど男性と付き合うこともなく現在に至っている。母親も亡くなり、家族は猫のギンジローだけだけれど、幼馴染の友人たちと家族ぐるみの交流をしてきたので、牧子の娘も美々の娘も千波をたいへん慕っている。

 

千波がかつてニュース番組を担当したころは、女性アナウンサーは必ず下手に座り、ニュースも重要なものは読ませてもらえなかった。いつか上手に座りメインで話したいと思っていた千波に、やっとそのチャンスが巡ってくる。ところが運命の女神は意地悪で・・・というような物語だ。

 

途中までは、自立した大人の女性3人の抑制のきいた付き合いぶりを心地よく読み進んだが、突然転調し、目も離せなくなる。この後を書きたいけれど、興味のある方にはぜひお読みいただきたいので、興をそぐことをしたくない。

 

千波はスラリと背が高くショートヘアで、友人には男っぽい(けれど乱暴ではない)話し方をする。ちょっと宝塚の男役を思わせる造形が魅力的だ。その千波に憧れる後輩のさえない男性も、非常に面白い描き方をされている。

 

親子関係で悩んだ美々の娘が千波に相談した時に、大学生の彼女に言った言葉が心を打った。「人が生きていく時、力になるのは何かっていうと、――《自分が生きてることを、切実に願う誰かが、いるかどうか》だと思うんだ。――人間は風船みたいで、誰かのそういう願いが、やっと自分を地上に繋ぎ止めてくれる」。

 

こう言った千波は、母親もいない今、自分にはそんなふうに切実に願ってくれる人はいないと思っていた。あることで、牧子や美々の目の中にその切実さを見つけるまでは。

 

親から子へ、パートナーへ、大切な人にはちゃんと伝えないといけない。当然分かっているはず、ではなく、きちんと言葉や態度で伝えなくては。とりわけ小さな子供や感じやすい年ごろの子供などは、大人が思う以上に不安があるものだろう。大切な相手には、あなたが生きていてくれることがとても大切だという切実な思いを伝えて、地上に繋ぎ止めなくてはいけない。

 

ヒトは命に限りのある生き物であるから、それでもいつか別れの日は来るけれど、こんなふうに繋がれたら、大いに救いがある・・・と感じさせられる結末だ。

 

 

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