よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

「生活に満足74.7%」に唖然茫然とバザーの値付け奉仕

夕方のNHKのニュースで、「内閣府の行った世論調査で、現在の生活に満足と答えた人が74.7%で、調査開始してから最高だった」と伝えているのを聞いて、私は耳を疑った。でも間違いではない。

 

日本人って、満足な生活の基準が低すぎるのではないだろうか。だって勤労者の7割がちゃんと有給取れているとは思えないし、定時で帰宅できているとも思えない。いや、それどころか、現実に行った残業の報酬さえもらえないでいる人も少なくないはずだ。

 

一か月のバカンスなんて勤めている限りありえないし、痴漢が出没するのが当たり前なほど混んだ電車で通勤通学しなくちゃならないような生活環境も、往復で通勤に何時間もかかるところに、猫の額ほどの庭の住宅しか持てなくて、ローンが終わらないうちにリフォームが必要になるような住環境も、特に不満には思わないのだろうか。

 

私は毎日が日曜日の身分で、有休もラッシュ通勤も関係ないけれど、これらはみんな政治で解決でき、そうすれば、人々がもっと余裕を持ち他者を思いやる優しさをもって暮らせる社会になるのに・・・と不満はいっぱいだ。

 

人間ができていないのだろうか・・・。

 

今日は民生委員の仕事で、毎年善意銀行が行っているバザーのために、市内の各家庭から一品寄付として出された品物の、値付け作業に出かけた。地区の民生の例会で手伝い手の募集があったが、引き受け手が足りなかった。その頃はまだ脚の状態もひどくはなかったし、一番新参者なのだしと思い引き受けた。

 

ところが、今日先輩メンバーの車に乗せてもらって会場に行ってみると、フロアにスポンジの風呂マットを敷いての座り作業だった。まさかそこで「できません」と帰るわけにもいかない。結局朝の10時から午後3時半まで、45分の昼休憩以外作業した。もちろん正座も横座りもできないので、脚を伸ばして座っていたが、それも長時間になるとつらかった。

 

私は値段をつける前の段階を担当した。箱に入った陶器セットなどは、中身が分かるように蓋を外したうえで、バラバラにならないようセロファンテープで箱に固定し、さらに全体をビニール袋に入れ紐を十文字に掛けるという手の込んだ作業が要求される。私はバザー当日に買いに行ったことがないので知らなかったが、以前販売を担当したという先輩の話では、猛烈な争奪戦になるようで、かなりしっかり梱包しておかないと、部品が足りないなどということになってしまうのだそうだ。

 

それにしても、こんなものでも出すの?と呆れるような物も結構あって驚いた。また郵便局や信金などの粗品・誕生祝い品なども多く、同じ品物がいくつも出ているのを見ると、企業の粗品を考える人が、一度こういう現場を見に来ると、いかに粗品が無駄になっているかがよく分るのにと、粗品嫌いの私は思った。

 

良い社会勉強にはなったが、何十年と続く一品寄付バザーは、家庭で眠っている不用品の整理チャンスではあるものの、それをお金に換えるためには、多くの人の大変な労力奉仕があることを痛感した。メルカリのようなシステムを活用すれば、非常に簡単になると思うのだけれど、この世界は「こうやって大変なご奉仕をすることが尊い」という価値観が幅を利かせている。

 

一日の作業を終えるとさすがに体は限界で、駐車場までの道のりがつらかった。

 

 

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happy-ok3さんから私に届いた「平和の葉書」