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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

沖縄は再び戦場になった、映画『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』

本、動画等感想 社会のこと

おととし9月に見た映画『標的の村』の三上智恵監督の最新作『戦場ぬ止み』の上映会に行って来た。

 

前回の映画の感想はこちら

yonnbaba.hatenablog.com

 

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副題に「沖縄は再び戦場になった―」とあるけれど、映画を見るとまさしくこれは戦争である。ただし沖縄側の人たちは、武器も使わなければ暴力も使っていない。ただ国側が猛烈に、強引に、基地前の道路で座ったり寝たりしている人々を力づくで排除している。前線ではどうしたって、体と体のぶつかり合いになる。そうした肉体のぶつかり合いのさまが、あまりに激しい。また住民の方たちの叫びや思いを踏み潰す力があまりに強引で、このひどい光景は戦場のものだという感じを与える。

 

当初は警備する側も沖縄の人たちで、住民側のリーダーが沖縄の言葉で「なぜ沖縄を守る運動をしているおれたちを、沖縄の人間のお前たちが排除しようとするんだ。足の悪い年寄りまで体をはって守ろうとしているのに、お前たちこんなことして恥ずかしくないのか!・・・」と呼びかけると、涙ぐむ若者もいたりする。

 

やがて政府は沖縄の警官では彼らに感情移入して駄目だと考え、昨年11月から警視庁の機動捜査隊を派遣するようになり、基地建設反対派に対する物理的排除はいっそう激しいものになる。そうして、先の戦争の沖縄戦で大やけどを負った経験の持ち主、文子おばあが怪我をさせられてしまう。

 

映画では賛成派の住民も描かれるが、賛成派だからと言って単純なものではなく、ずっと反対してきながら国の札束で頬を叩くやり方でだんだん追い込まれ、やむなくお金を受け取って黙らざるを得なくなる人もいる。

 

 

美しく豊かな漁獲を生む海を守って、ただ静かに平和に暮らしたいだけの人たちを、こんなにも踏みにじることが許されていいのだろうか。いったいこの国は、本当に21世紀のしかも先進国と言われる民主主義の国家なのだろうか。

 

この映画を見ていると、すでにある現政権への怒りがどうしようもなく膨らんで、なんとしても今度の選挙で勝たなければという闘志がわく。沖縄の知事選のような盛り上がりを、勝利の喜びを、私たちもこの夏に味わいたいものだ。(それでも沖縄は選挙三連勝ののちも国家権力に苦しめられ続けるのだけれど)

 

選挙までにできるだけ多くの人にこの映画を見てもらいたいと思う。そうしていかに安倍政権が悪逆非道の弱い者いじめをしているかを、しっかり認識して欲しいものだ。でも、目覚めてほしいような人たちほど、この地味な映画の上映会に足を運んだりはしないだろう。困ったことである。