よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『カルタヘナ〜陽だまりの絆〜』久々のGyaO

台風で外出も危険だし、久々にGyaOの無料映画を鑑賞した。

副題の「陽だまりの絆」って、なんかベタベタした感じで安っぽくて、ない方がいいんじゃないかという気がする。でも『カルタヘナ』ではどんな映画かまるで分らない。原題は『ベッドサイドの男』というような意味らしい。

題名はともかく、フランス映画らしい、お洒落で文学的で、とても心に響く大人の純愛物語だった。ヒロインはソフィー・マルソー演じる、交通事故で首から下が不随になった女性。男は元プロボクシングの欧州チャンピオンだけれど、いまはうらぶれてほとんどアル中状態のさえない中年(不思議な魅力があって、というか、女って結構こういうショーモナクテ危ない男に魅かれるものなのか、モテモテ)だ。

ソフィー・マルソーは年齢を重ねて若い頃より美しく魅力的になったようだ。本当は寂しいくせに、気位が高く我儘でなかなか素直になれない女をうまく演じている。男優は私は知らなかったが、彼女の実生活の現パートナーらしい。さすがに息が合っている。

コロンビアという舞台がまた効果的だ。これが生活感がプンプンするような都市では、物語が成り立たなかったかもしれない。コロンビアの中世的な建物や乾いた空気感、褐色の多い色味の中で、黄色がアクセントになり、また物語の大切な要素を象徴しているようでもある。どのシーンも美しく、この少々現実離れした恋物語の世界に、見るものを無理なく引き込んでくれる。

ヒロインのメイドのような女性(これがまた謎めいた存在で、物語に厚みを加えている)が最小限の説明をするだけで、男も女も口数は少なく、見る側の想像力に預けるような作り方がこの物語にとても良く合っている。

以前フランス映画を見ると、唐突に「FIN」と出てきて「?」となることが多く、フランス映画って自己陶酔の世界だなあと感じることがしばしばあった。この作品もやはり唐突な終わり方なのだけれど、以前のように「なにこれ?!」とならず、これも余韻があっていいかなと思うことができたのは、私が大人になったということだろうか。

健康で魅力的な肉体を持ちながら、捨て鉢な人生を送る黒人の女の子の存在もいい。生きるとはなにか。肉体の自由があることか、精神性か。危険を避けて魚も食べず外にも出ず、長らえることが人生か、危険を冒して喜びを知るのか・・・。


大切なものを失い、生きることに希望を持つこともできなくなった男と女が出遭い、互いに影響して少しずつ変化していく。二人のその心の動きに強い共感と感動を覚えた。


「映画って、本当にいいものですね」という淀川さんの名セリフをつぶやきたくなる作品だった。