よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

いまさらですが、雑巾の絞り方

クリスマスも過ぎて、世の中は一気にお正月準備モードに入った。いよいよ大掃除も始めなければ・・・という時期になってきた。私はまだ屈んだりする姿勢は注意しないといけないし、今年は台所のリフォームをしたおかげで、それほど汚れが気になるところもないのをいいことに、本格的な大掃除はさぼってしまおうなどと思っているけれども。

 

そんな時期だからというので、今朝のNHKニュース「まちかど情報室」のコーナーでは「大掃除らくらく」というテーマで、年末の大掃除に役立つアイデアを紹介していた。そのなかで、絞るのが楽になる雑巾というものが紹介された。紹介した方は「雑巾を絞るのは力が要って疲れるけれど、これを使うと楽になる」と言っていたが、その絞り方が少々気になった。

 

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この写真のような「横絞り」だったのだ。これだと確かに絞りにくくて、疲れやすそうだ。

そういえば、少し前にドラマの中で若い女優さん(確か女子高校生役だった)がやはり雑巾を絞る場面で、あれじゃあ全く絞れてなくてビショビショでしょ・・・と心配になる絞り方をしていたことがあった。そうか、今の若い人たちは雑巾の絞り方を知らないのだ。

 

私の両親は、子供にも家の仕事を一つは責任もって担当させるという方針だったため、その家事手伝いの中で雑巾絞りも覚えたように思う。玉葱の皮むきで泣いた思い出もある(最近の玉葱はあまり目に沁みない)。七輪で炭をおこす(電気こたつが出現し不要に)のが役目だった時期もある。表の道路を掃く仕事もあった(交通量が少ない時代だからこそ)。

 

このように育ったため、物心ついたらもう当たり前のように雑巾を絞っていて、あらためて雑巾の絞り方などと気にしたこともなかった。

 

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これが効果的な絞り方の「縦絞り」(私は左手が上で、もっと両方の手を近づけるが)。これだとかなり何度か繰り返しても、それほど大変とも疲れるとも思わないし、雑巾もビショビショしていなくて使いやすい。

 

このブログを読んでくださっている大半の方々には、不要な情報だったことと思うけれども、いまやこんな家庭で当然しつけられているはずのことが、案外盲点になっている。テレビの食べ物を紹介する番組でも、あるいはドラマの中の食事のシーンでも、ちゃんと箸が持てる人のほうが珍しいくらいだ。

 

言葉は通じればよい。箸は食べ物を口に運べればよい。拭き掃除なんぞ、ロボット掃除機にさせればよい・・・。便利さや効率で考えればそうなのかもしれない。けれども、話し方にも、食事の仕方にも、ちょっとした家事の仕方にさえも美しさがあり、しばしばその美しさは無駄のなさとも通じているように思う。

 

・・・などと言いながら、自分は大掃除パス、なのだけれど。

 

 

追記:写真はダスキンさんのサイトからお借りしました。