よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

言葉はどんどん変わるんだそう

「おいしそう」とか「難しそう」とか聞きなれているので、特におかしいとも思わず聞き流していたこの「そう」の使い方。神永曉さんの「日本語どうでしょう?」というサイトを読んでから、気になってたまらなくなってしまった。

 

japanknowledge.com

 

いまや毎日この使い方の「そう」をテレビで聞かない日はないというくらいだ。好きで結構よく録画して見ている『ドキュメント72時間』など、ナレーションを書いている人のお気に入りの使い方なのか、毎回何度も出てくるほどだ。

 

思うに、現代は婉曲、あいまいな表現が好まれ、強い調子は敬遠されるようだ。「これが〇〇です」と言わず、「こちらが〇〇になります」と言う。「です」より「なります」が婉曲かどうか分からないけれど、「・・・だ」「・・・である」という断定の調子は強いと思われ、嫌われるらしい。「・・・そうだ」の「だ」が抜け落ちて「・・・そう」という言い方が好まれるのは、おそらくこの延長線上にあるのではないだろうか。

 

5年ほど前にこのブログで「な、かな、のかな」というタイトルで書いたが、この願望表現の時に「幸せになったらいいかなと思います」とか「いいのかなと思います」という言い方をするのも、「いいなあと思います」と言ってしまうと強すぎる、厚かましいと思われないか、という配慮なのだろうか。

 

 

言葉について書くときは、「正しい」「正しくない」を論じていると受け取られがちだし、自分自身も間違いだらけでご指摘をいただくこともあり、ちょっと臆病になって最近はあまり書かないようにしている。それでもやっぱり、食べることが好きな人が味についてあれこれ語りがちなように、私は言葉が気になり、ついつい語りたくなってしまうのだ。

 

 

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はてなのお題が「今年買ってよかったもの」となっているが、我が家の良かったものの一つ、台所のシンクの前の棚。吊戸棚との間に注文したようにピッタリ収まってスッキリ!