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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

現状を揶揄してる?『夜の国のクーパー』伊坂幸太郎著

物語の視点は移り変わるが、主人公は灰色の猫トムだろうか。そしてなぜかそのトムと言葉が交わせてしまったばかりに、妻に浮気された失意を釣りで紛らわそうとして、遭難してしまった不運な公務員の男が巻き込まれる冒険譚。

 

この作品が書かれたのは2012年だが、あとがきで著者が2年半かかったと書いているので、2010年ころから取り掛かったことになる。予知夢のようだ、と言うより、やはり常に権力とはこういうものだということだろうか。

 

舞台は猫のトムが暮らす小さな国だ。山羊や牛はいても馬はいず、武器と言えば刀くらいしかない童話の世界にいるのかと思われるのどかな国だ。100年ほど昔に隣の大きな「鉄国」と戦争して負けたという歴史を持っている。

 

今は賢い支配者「冠人(カント)」が国の周りを強固な壁で囲み、黒金虫という昆虫から採れる毒まで仕込んで敵の攻撃を防いでいるので、小さな国は平和に治まっている。ただ、クーパーと呼ばれる巨木から生まれる怪物の脅威さえなければ・・・。

 

毎年クーパーの生まれる時期になると、「クーパーの兵士」が選ばれ「複眼隊長」の指揮のもと怪物の退治に出かける。みごとクーパーを谷底に突き落として退治はしても、その際に飛び散るクーパーの体液を浴びて兵士はみな透明になり、二度と家に戻ることはない。

 

遭難した男が目覚めると体は蔓でがんじがらめに縛らており、胸の上にちょこんと座った灰色の小さな猫に彼の国のこうした話を聞かされる。そうして男は自分がどこにいるのかもわからないまま、この小さな国と鉄国との戦いに巻き込まれていく。

 

トムの語る話の中に、猫は鼠を見ると敵意もいたぶるつもりもなく、本能で反応してしまい追わずにはいられないということが出てくる。鼠の方も猫を見ると反射的に逃げ出していたのだが、ある日トムを罠でとらえ交渉を持ちかけてくる。こちらから定期的に一定数のネズミを差し出すから、我々を襲うのはやめてくれと。

 

トムは猫が鼠を追うのは本能で、理性で押さえることができるかどうか自信がない。まして他の猫たちを説得することなどとても難しいと思う。けれども、相手の鼠たちがとても礼儀正しく、トムの方が心配になるほど愚直で、トムはかなり、できることなら鼠と友好的にやっていきたい気持ちに傾く。

 

猫にとって鼠は本能で追うだけの、さして深く考えたこともない小さな存在だ。そしてトムの暮らす国は、鉄国にとって取るに足らぬささいな存在。このあたりも非常に暗示に富んでいて考えさせられる。ここで、もしこの小さな国に地理的重要性や魅力的な資源があったりしたら、全く話は違ってくる。

 

国王冠人が国をまとめるコツとして言ったという、「外側に、危険で怖ろしい敵を用意することだ。そうした上で、堂々と『大丈夫だ。私がおまえたちをその危険から守ってあげよう』と言うのだ」という言葉など、まるで現代のどこかの国の首相の言葉とぴったり重なる。

 

 

物語は何度も思いがけない展開をし、最後には気持ちよいほどのサプライズがあるが、冒頭から伏線はちりばめられているので、勘の良い人は途中で気付くかもしれない。

 

そして猫も含めた登場人物たちが、帰るべきところに帰っていく幸福感、帰りを待っていてくれる存在のあるありがたさといった、温かくやわらかな気持ちに包まれて読了する。戦いの愚かさ、穏やかに友好的に暮らすには・・・といったことも静かに考えさせられる。

 

 

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