よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

ゲームセンターの高齢者

今日は地区の小学校の先生と校区内の巡視をした。更生保護女性会の仕事だ。午後3時に小学校に集まって、男の先生の車で出発。

暑い盛りの時間帯のせいもあってか、ほとんど道路を歩いている子供はいない。それでも近くの通称ナマズ池に行くと、7、8人の小学生がバケツや網を持って何かをつかまえている。「何してるの」と声を掛けると「エビつかまえてる〜」と言う。でも、彼らの目の前に「この池で釣りをしてはいけません」の標識が立っている。「釣りは駄目って書いてあるよ」という声掛けには全員無言。隣の小学校の児童のようで、知らない大人の言うことなど関係ないと思っているのか。「気を付けてね」と声を掛けて次の場所に向かった。

次の池には人っ子一人いなかった。その次はスーパーマーケットに行き、小学生の問題行動はないか係りの方に伺う。2階のゲームコーナーにも行ってお聞きする。特に小学生の問題はないが、やはり係員だけでは目が十分届かないこともあるので、特に混雑時などは家の人と一緒に来てほしいとのことだ。子供が事件に巻き込まれることもあるからというお話だった。

今日も小学生らしい子たちと、その親と思しき大人もいたが、明らかに子供だけで来ているらしい子供達もいた。けれども先生方は特に聞くでも注意するでもなく、挨拶をかわしただけだった。今の先生方は優しいのか、学校自体があまり干渉しない方針なのか。

次はそのスーパーに隣接しているゲームセンターへ。足を踏み入れた途端すさまじい騒音に愕然とした。ゲームセンターというものとどれくらい縁なく暮らしていただろう。そこは私の全く知らない世界だった。大規模でメカニカルなゲーム機がそびえ、あちこちで様々な照明が輝き、それぞれのゲームの機械がそれぞれのBGМやら効果音やらを、大音量で発している。それらが混ざり合って、私には耐えがたい騒音だ。

その中に、子供や若者に交じって壮年の大人もいるけれど、結構高齢の人がいるのに驚いた。しかも男性だけではない。だいぶ前に、ゲームセンターが高齢者の社交場になっているという話題をテレビで見たことがあったけれど、「こういう所に本当にいるんだ!」とちょっと衝撃を受けた。

テレビで取り上げていたのは、高齢者が商店街のゲームセンターで交流を深めていて、ゲームセンターの方も高齢者向きにちょっと方向転換しようか・・・というような扱いだったと記憶しているが、今日見た人たちはそれぞれが単独で遊んでいた。

私は「ここで半日ブラブラしていれば3000円払います」というアルバイトだとしてもお断りしたい。あのけたたましい騒音のなかにいるのは30分でも辛い。そういえば今までの人生でパチンコ屋さんの中に入ったことが2度ほどあるけれど(パチンコをしたことはない)、あそこの騒音もすごかった。現代のパチンコ屋さんはどんなふうになっているのだろう。やっぱり今日私が見たゲームセンターのように視覚的にも派手に刺激的に進化?しているのだろうか。

ああいう環境の中に長時間いてそれに慣れていったら、やはり人間は相当影響を受けるのではないだろうかと思う。感覚は鈍くなり、より強い刺激でないと反応しなくなりそうな気がする。頭も細かなことは考えなくなるのではないだろうか。ゲームに勝つための能力だけは磨かれるかもしれないけれど。


いまさらながら、世の中にはいろいろな娯楽があるのだと実感(まだまだほんの一部でしょうが)。おのれの甲斐性で法を外れずその人が楽しむ分には、はたからとやかく言うことでもないだろう。けれども、「何が楽しいか」ということには、とても人間性が現れてしまうようだ。



校区内巡視、去年もしたけれどコースが違ったのでゲームセンターは行かなかった。今日は思いがけなく、私の社会見学になった一日だった。