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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

Peace展は無事終了でチャリティーも盛況で「よんばばんち」も参加

昨日21日、好評のうちに無事Peace展が終了した。 

一般作品を出品した人の参加費や、会場で売れた作品の売り上げ、写真参加の方たちのチャリティー参加費などや、会場費他の経費の精算はまだこれからだけれど、少なくとも、会場に設置した「おいでん!福島っ子!」の募金箱に寄せられた募金だけでも、18,591円にものぼった。

 

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これもひとえに会場に足を運んでくださった方々のお陰だ。ありがたいことに、このブログを読んでくださっているブログ仲間も、wattoさんは名古屋から去年に続いて来てくださり、そして一昨年私が企画した自主映画上映会に来てくださったえむこさんが、今回も駆けつけてくださった。あいにく私が会場にいるときでなくお会いすることはかなわなかったが、貴重な時間を割いていただき、感謝の念でいっぱいだ。

 

「おふたりとも、本当にありがとうございました。

そしてコメント欄などを通じて応援してくださった皆様、心から感謝申し上げます」

 

最終的なチャリティーの寄付金額が確定するのは少し先になるけれど、とりあえずスタンディングとママの会のフェイスブック上で報告された数字を・・・。

 

《 第2回 Peace展 の主な集約結果 》
◉ スナップ写真参加:300枚(130人)
◉ 一般作品出品者:42人
◉ 来場者:205人(受付での記帳者人数)
◉「おいでん! 福島っ子!」会場カンパ:18,591円
◉「生業を返せ、地域を返せ」署名:107筆

 

東日、東愛知の地元二紙には、写真入りで記事を掲載していただいた。

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去年の8月から行って来た「住み開き よんばばんち」で参加者からいただいた参加費が、先週行った3月分までで5600円になっていた。(最初の月は無料に設定したし、無料ではかえって参加者に気を使わせる結果になると分かって、2回目から参加費200円としたのだけれど、1品持ち寄りで無料にした月があったり、原則的にお土産持参の方は無料としているので、参加延べ人数とは一致しない)Peace展の寄付金額が固まったら、この「よんばばんち」で参加者の方々からいただいた5600円も一緒に寄附しようと思っている。

 

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300枚の写真の一部と、あまり強いメッセージを出さないようにした”言いだしっぺ”の挨拶文。この文章に書いたように、庶民が強者の論理に「待った」の声を上げられる社会であり続けてほしいものだが・・・。

 

6年前のブログの風化、世間の感覚の風化

暮らし 社会のこと

2006年に開設して、退職する2013年の春まで綴っていた会社のブログが、私が辞めてから更新はめっきり減ってしまったが、いちおうまだ残っている。

 

その私が書いた過去記事の中から、2011年4月16日の記事。

*****

NHK『サンデル教授の究極の選択』、とても感動的なまとめでした。
サンデル教授が多くの人々の心を捉えるのは、
やはり教授の高い人間性ゆえなのだとあらためて痛感しました。

今回の震災で日本人が見せた過酷な状況でも冷静に協力し合う姿が、
世界中の人々に感動を与え、さらに同じ人間として誇りをも感じさせたという意見を引き出し、
この大災害をきっかけに人間は民族とか国家とかを超えた、
もっとグローバルなコミュニティ意識を持つようになっていけるのではないか、と締めくくりました。

支援の形はお金、物、労働・・・といろいろありますが、こんな形のエールもあるのだと知りました。
日本人であることをとても誇りに感じましたし、
ここ愛知ではほとんど震災の被害も影響すらも感じないで暮らせてはいますが、
被災地のことを忘れず、自分のおかれた立場で自分のできることで、
末永く応援していきたい、そしてきっと前よりもっと素晴らしい日本を築かなければ!と思いました。
お金や物という現実的なものはもちろん必要不可欠ですが、
喜びや誇りという心の栄養もとても大切なものですね。

今回の世界の人々の日本人に対する驚きや賞賛を、
さして苦労もしていない周辺の人間が台無しにしないよう、
不必要な買いだめに走ったり、風評に惑わされたり、
根拠のないデマに振り回されたりしないようにしたいものです。

ブログ更新をとパソコンに向かうと、Yahooのトピックスに
「米軍感激、仙台海岸にARIGATO」と掲載されていました。
人と人は分かり合える、分かち合えるとまた確認できた気持ちです。

*****

 

このときから6年の時が経って、もう世の中の雰囲気は随分違うところに来てしまっていると痛感する。被災していまだに苦しんでいる方々を除けば、大半の日本人はすでにあの震災のことを半ば忘れかけているのではないだろうか。

 

「この大災害をきっかけに人間は民族とか国家とかを超えた、 もっとグローバルなコミュニティ意識を持つようになっていけるのではないか」というサンデル教授の示した素晴らしい見通しも、その後ヨーロッパで相次いだテロ事件や、世界のあちこちで台頭してきた自国ファースト主義や極右勢力の台頭などで、当時よりいっそうとげとげしい社会になってしまい、残念ながらはずれてしまった感が強い。

 

結局、人類はこんなにも愚かな生き物でしかないのか・・・と悲しくなってしまう。

まさに、ボブ・ディランの「風に吹かれて」の心境だ。

 

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f:id:yonnbaba:20170320144402j:plain 仙台海岸のARIGATO(写真はどちらもYahooの画像サイトより)

 

 

 

『カズサビーチ』山本一力著は、ペリーより先に日本に来たアメリカ人船長の話

本、動画等感想 社会のこと 暮らし

山本一力さんと言えば時代物と思っていたので、市民館の新刊コーナーでこの本を見つけた時、「えっ、山本さんが現代物?珍しい」と思い手に取った。パラパラと中を見ると、やはり江戸時代のお話だったが、面白そうだったので借りることにした。

 

山本氏は、平尾信子氏の『黒船前夜の出会い 捕鯨船長クーパーの来航』を読んで着想を得、平尾氏のご自宅まで訪れてこの作品を書く承諾を得たのだそうだ。それくらいこのアメリカ人クーパー船長と、日本人漂流民、幕府関係者の交流に心を動かされたということだろう。

 

著者の作品への原動力となったその感動は、みごとに魅力的な一編の小説を生み出した。アメリカの捕鯨船マンハッタン号のクーパー船長から、ただ一人の黒人乗組員である料理人コンサーまで魅力的に描かれているし、シケに遭って漂流しているところをマンハッタン号に救われ、それから一か月余を彼らと過ごすことになった日本の漁民たちもいきいきと存在する。

 

そして描かれている場面は短いのに、読み手に強い印象を残すのが、江戸幕府の武士たちである。江戸城で幕閣の評定を仕切った阿部伊勢守正弘も素晴らしいが、マンハッタン号まで出向いて交渉した奉行や通詞の描き方が秀逸だ。時はすでにペリー来航の8年前だから、徳川幕府は弱体化して来ている頃だと思うが、見たこともない異人を目の前にしても、かくも真の武士らしく堂々と美しい所作ができたのかと感動する。

 

小説ではあるけれど、おそらくクーパー船長がこと細かに記した記録は残っているのであろうと思われるので、彼らがこのとき、武士や救助した漁民たちも含めた一連の日本側の対応(薪炭、食料、水などを感謝の意を表して無償で与えた紳士的武士的?裁量まで)を目にして、「ジャパニーズ」に敬意を抱いたであろうことは想像できる。

 

同胞22人を救助し、貴重な自分たちの食料や水を分け与えてくれた厚意に感謝しつつも、頑として上陸は拒み、日本海での捕鯨に際しても、陸地と一定距離を保って航行することを確約させる気骨。クーパーたちの視野に入った畑や山里が、勤勉な労働の証である美しさに包まれていたことなども記述があったに違いない。

 

船の難破漂流から一か月余、やっと漁民たちは上陸が許され懐かしい家族のもとへ戻れることになるのだが、言葉は分からないながらも寝起きをともにしたマンハッタン号の乗組員たちとの別れを惜しむ。クーパー船長は、奉行たちから日本人救出と本国へ送り届けてくれたことへの感謝の記念にと、葵の御紋入りの塗り物を贈られる。

 

こうした物語終章のやりとりは、幕府がもしも反対の結論を出していたら・・・と考えるまでもなく、疑い合ったり恐れ合ったりして武力に訴えるよりも、友好的に取引することの素晴らしさや有益さを痛感する。

 

アメリカ人であろうと、日本人であろうと、一人ひとりが自分の仕事に誇りを持ち、誠実に生きる人間は素晴らしいと、改めて気付かせてくれる物語だった。

 

 

さて、現実に目を戻せば、嘘や言い逃れにまみれ、地位や金にひれ伏して恥じない人間の群れ!

 

 

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3.19今日の集会&パレード。スタンディングの”言いだしっぺ”が挨拶するので集会だけ参加。いつもの駅前はほかのイベントのため使えず、今日は駅から徒歩10分ほどの公園が集会の会場。駅前から「言うこと、やること、信用、できへん!」という4枚の分割プラカードを持って、イモムシ行進で通行の人たちにアピールしながら移動した。参加者は100人ほど。スタンディングは、共催団体も降りたしPeace展も開催中とあって、今日は参加者少なめ。

小学生が袴で卒業式?

社会のこと 暮らし

小学校の卒業式での子供たちの服装について昨日のブログで書こうと思っていたのだけれど、うっかり書き忘れてしまった。

 

そうしたら、ちょうどhidamariさん(id:hidamari39)が「小学校の卒業式でも袴姿の生徒が増えているという」と、昨日のブログでこのことに触れていらした。今朝のニュースでもこの話題を取り上げ、華美になって負担に感じる家庭もあると言っていた。

 

昨日私が出席した小学校では袴姿はなかったが、女の子も男の子もブレザー姿が多かった。小学校から中学校へという非常に身体的成長の著しい時期に、もうあまり着る機会などないであろうブレザーのようなフォーマルな服を用意するのはもったいないことと、よその家計のことながら私は気にかかった。

 

近頃はリサイクルショップも多いので、そうしたところを利用して準備した家庭もあるかも知れない。あるいは親しい人から譲られたり。でも、きっと、もったいないなと思いながら、我が子だけみじめな思いをさせるのも・・・と、無理した家庭もあるのではないだろうか。

 

まして着物に袴となれば、貸衣装でも値段は安くはないだろう。どこでどうして、いつの間にこんなことが始まったのだろう。大学の卒業式でさえ、袴姿は比較的新しい流行に過ぎないと思うのだけれど。世の中はつまらないことに限って、不思議とすぐ広まっていく。

 

卒業式、成人式(ついでながら近頃は、二分の一だの二回目だのと、やたらと成人式を祝うらしい)などに必要以上に凝って悦に入るより、もっと本当に実力の求められるところで輝く努力をしたらいいのにと、お節介なババは考える。親もまた、特に本人の刻苦勉励の結果でもないことに、はしゃぎすぎるきらいがあるように思う。

 

親と言えば、昨日の卒業式では、児童が校長先生からいただいた卒業証書を、自分の席に戻る途中で保護者席の保護者に渡して自席にもどるようになっていた。一人として渡す保護者がなくて自分で持ったまま席に戻る子はいなかったので、全員誰かしら家の人が出席したのだろうか。それとも都合で誰も出席できない子は、事前に誰か他の保護者に頼むなどの措置を学校側がとるのだろうか。次に学校に行ったときに伺ってみたいと思っている。あえてこのような方法をとる理由とともに。

 

 

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Peace展の展示の一つ。数年前にチェルノブイリを訪ねたメンバーの出品。

 

 

 

 

 

小学校の卒業式とPeace展初日

暮らし 社会のこと 四季

ブログ友のえむこさん(id:emukobb)が、Peace展初日に真っ先に駆けつけてくださった。おいでになれるのが16日か20日ということだったので、私の当番を担当する日をそれに合わせたのだが、あいにく16日は地元の小学校の卒業式とぶつかってしまい、どうしても午前中は会場に行くことができなかった。

 

そんな訳で、2年ぶりにお会いできるかと楽しみにしていたが、すれ違いになってしまった。絵画、書道、短歌、俳句、バルーンアート・・・と多岐にわたる(”言いだしっぺ”は文化祭のノリと言う)作品展をお楽しみいただけただろうか。

 

私が会場にいた時間帯に来てくださった30代くらいの女性の方が、「いろいろな作品があって、しかもどれもなかなか力作で楽しいですね」と話しかけてくださった。「もともと、こういう作品をつくるグループという訳ではないので・・・」と言うと、「普段はどんな活動を?」と聞かれ、おととし一人の男性が駅前でサイレントスタンディングを始め・・・というグループの略歴を話し、現在は毎週金曜日の6時から駅前で立っていることや、これまでさまざまなイベントもしてきて、それで名前も+(プラス)が付いたことなどを話した。

 

今回のPeace展はあまり政治色を強く出さないようにしているが、作品を作った人々の思いは知らず知らず見る人に伝わるようで、この女性はしっかり私たちのメッセージを受け止めてくださったようで、とても嬉しかった。

 

この間中学校の卒業式で感激してもらい泣きしたが、今日の小学校もまたまた素晴らしい卒業生と在校生の合唱の交歓で、感動してしまった。歌って、音楽って、本当にいいなと思う。卒業生の男子が結構女の子より早く目をこすり始め、泣いている子が何人もいた。「男は泣くな!」と躾けられた時代とは変わってきているようだ。

 

変わると言えば、学校教育の現場は何十年たってもあまり変化がないと以前書いたように思うが、今日の小学校の卒業式は来賓祝辞はPTA会長だけというシンプルさで、いくらかは児童に重点を置いたものに変わって来ているように感じた。

 

卒業証書を受け取る時にキッチリ隣りの子とお辞儀を合わせるなどの、あの軍隊調がなくなればもっといいのにと思う。一糸乱れず、キッチリ揃って・・・を美しいとする価値観はなくしたい。森友学園の教育や、それを応援していたお偉い方々の目指す教育などは、まさにこの美意識で貫かれているように思う。

 

 

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ギャラリー珈琲茶房 縁六さん

 

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奥に見えるのがギャラリースペース

 

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今日の卒業式の控室で供された菓子 中は塩漬けの桜の葉が刻み込まれた桜餡

 

 

 

 

スタンディングの第二回Peace展の搬入日 【写真を追加】

暮らし

去年に続いて二回目のPeace展が、いよいよ明後日から開催となり、今日は4時から搬入作業をした。

 

一番大変な作業は、300枚のスナップ写真の掲示だ。メンバーの友人でデザインなどの仕事をしている方が協力してくれて、ギャラリーの壁一面になるほどの大きな布地に、木を描いて、そこに葉っぱに見立てた写真を安全ピンと木製の洗濯バサミを使って止めていく、という手法を考案してくれた。

 

その方が布に大きな大きな木の絵を描いたものを作成し、おまけに300枚もの写真を中央部用とかサイド部分用とか、大きさや被写体でグループ分けまでしてきてくださった。おかげで、人手もたくさんいるし時間もかかるだろうと思ったこの作業が思いのほか手際よく進んで、とても助かった。

 

それでも作品一つひとつ、取り合わせも考えながら、水準器まで当てて展示していく作業(これは外部参加のプロの方たちの作業)はやはり結構手間のかかることで、ギャラリー併設の喫茶の方が閉店の時間(18:00)になってしまい、その後もしばらく頑張って、なんとかかんとか形になったころは30分も超過してしまっていた。オーナーさん、ごめんなさい。

 

それでなくても、”言いだしっぺ”は本業の仕事からスタンディングのまとめ役の仕事まで非常に忙しいのに、今年もまたこの大変な作品展の開催を言い出して・・・と、なかば呆れもし、また心配もしたが、大勢の人が集まり、普段のスタンディングの顔ぶれとは違う人も入れ代わり立ち代わり現れたりの今日の賑やかな搬入作業を見ていたら、やっぱり大変でもPeace展を開催することにして良かったなとしみじみ思った。

 

”言いだしっぺ”の人間的魅力が、多くの人を巻き込み動かし、大変な作業にも誰もが何かしらできることで協力したいという気持ちにさせるのだけれど、さらに、その協力するメンバーに繋がりのある人々がまた協力してきてくれて、人の輪がいっそう広がっていく・・・。しかもみんないきいきと楽しそうに立ち働いていた。

 

明日水曜日は会場のお店の定休日で、豊橋スタンディング+(プラス)の作品展、第二回Peace展は、明後日16日(木)から来週21日(火)までの開催。

会場は 豊橋のギャラリー珈琲茶房 縁六 9:00~18:00(最終日は16:00終了)

www.enroku.com

ちなみに、私は16日の午後と20日の朝から3時ころまで(目印は猫?)いる予定。お近くで、ご用とお急ぎでない方はコーヒーを楽しみながら、お気軽にのぞいてみてくださいませ!

 

 

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昨年のPeace展のメイン作品だったキルト。今年これに代わるものとして300枚のスナップ写真「ぼくらは みんな 生きている」を企画。後日アップしますので、お楽しみに。

 

 スタンディングのFBページから写真を追加

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井手栄策教授の感動のスピーチ、この男気に応えなきゃ!

社会のこと

民進党大会での井手先生のスピーチがとても素晴らしい。これを目の前で聞いて胸を打たれないようだったら、民進党だけでなくもう政治家を、いえ、人間やめたら?と言いたいぐらいだ。こんなに素敵な言葉をもらって奮起しないような人には、とうてい投票できないゾ! 

 

 

「3人の子の父親として、こんなみすぼらしい社会を残す訳にいかない!」

 

 

 

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猫も真剣に聞き入ってる・・・。           (Yahoo画像サイトより借用)