よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

地震お見舞いと雨の日の嬉しい心遣い

鈍感なのか私は揺れを感じなかったし、テレビもつけていなかったので、今朝の地震を知らずにいた。たまたま大阪の方のブログを読んでいて、そこに書き込まれたコメントに「地震大丈夫でしたか?」という内容のものがあり、なんだろうと思ってニュースサイトを見て初めて知った。不運にも、小学生や高齢の方が崩れたブロック塀などの下敷きになって亡くなられている。被害を受けられた方々には心からお見舞い申し上げたい。

 

朝から少し強めの雨も降って憂鬱な月曜日となったが、11時過ぎにポストを覗きに行くと、ビニール袋に入った葉書が届いていた。もっかスタンディングとじじばばの会で平和の葉書を募集している最中で、私のところがその集積場所になっている。そのため近所のメンバーが時々自分の手元に集まった分を我が家のポストに入れておいてくれるので、またそれが届いたのだろうかと思ったら、なんと郵便屋さんが配達してくれた本物の郵便物だった。

 

郵便局から届く郵便物がビニール袋に入れられて届いたのは、これが初めてだと思う。先週私が便りを送った、誕生日前に思いがけないプレゼントを送ってくれた友人と、昨年の脊椎の病気後の療養でまだ思うように外出できない姉の、二人からの返事の葉書だった。

 

 

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我儘ものの私は、職探し中、気候や天候が良い日ばかりではないのに自転車やバイクで通勤するなんてとても無理と、公共交通機関で通える職場以外ははじいてしまい、それでなくても少ない選択肢をさらに少なくしたものだった。だから雨の中バイクを走らせている郵便屋さんや新聞配達の方を見ると、思わずご苦労様です・・・と頭が下がる気がする。

 

そんな、いつも通りの仕事をするのも大変な雨の中、届ける郵便物が濡れて汚れてしまわないようにとビニールの袋に入れて配達してくださるなんて!この感謝の思いをどうやって伝えよう。ポストにお礼のメモでも貼っておこうか。いや、外出時にちょうどお会いすることもあるから、そういう時に感謝の意を伝えようか。両方実行したっていい。もちろんいつも同じ方ではなく交替もあるだろうけれど。

 

 

なぜか突然『おはなししてよ かあさん』岸田今日子さんのLP

夕方流しに立って洗い物をしていたら、突然「あーめの降る日にあたしたち、なーにを見つけたっけ♪」という歌が頭の中に流れた。

 

これは岸田今日子さんが、録音当時3歳だったご自分のお嬢さんまゆちゃんにお話を聞かせたり、一緒に歌を歌ったりして作ったレコード『おはなししてよ かあさん』の中の曲だ。まだ結婚もしていない時にこのLPを買い、好きでよく聞いていた。その後子供が生まれると、子供たちにも聞かせた。でも、もう何十年も聞いていない。それがなぜか突然脳内に流れたのだ。『万引き家族』を見てきて、あの頼りなげな「りん」ちゃんが印象に残っていたからだろうか。

 

岸田今日子さん、魅力的な女優さんだった。色っぽいのに、ムーミンの声もとても似あっていた。レコードの中の「かあさん」ぶりも素敵で、こんなお母さんの愛情をたっぷり受けて育ったまゆちゃんは、さぞ魅力的な女性になられたことだろう。

 

いつまでたっても子供を卒業できない私は、大人になって自由にお金を使えるようになると、自分用に絵本を集めたり、クラシックや映画音楽だけでなく、岸田さんのこのLPや、ジェラール・フィリップ朗読、モーリス・ル・ルー音楽の『星の王子さま』のLPなども購入した。こちらはもちろん全編フランス語でさっぱり分からないのだけれど、ストーリーはもうしっかり頭に入っているので、もっぱら美しい音楽とフランス語の響きを楽しんだ。

 

集めたLPはみな婚家に置いて出てしまった。それにたとえ手元にあったとしても、再生する装置をもはや持っていない。

 

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1998年にCD版が出ていた!

 

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こちらは、手に入れようと思えば中古レコードで探すしかない。

今日のコスモス会やらマッサージやら訂正やら

 雨のなか国際協力コスモス会に出かけたけれど、外国人の参加者はゼロで、日本人が4人だけと、ちょっと寂しい例会だった。「お煎茶」をする予定だったので、代表のKさんがお菓子から道具一式を持ってきて下さり、美味しい静岡茶をいただきながらまったりとみんなでとりとめのないおしゃべり。

 

なんのことからだったか、一人がNHKの『チコちゃんに叱られる』が面白いと口にしたところ、「私も見てる」「私も・・・」と、なんとこの場の視聴率100%だった。先日リキ丸くんさん(id:rikimarutti)も「チコちゃんに叱られたい」というエントリを書いていらして、やっぱり何人かが「私も見てます」とコメントしていた(私もその一人)。

 

4時過ぎ、マッサージの予約をしている治療院に行こうと家を出ると、それまで小やみだった雨が降り出し、さらに雨脚は強まるばかりで、治療院に着くまでの15分ほどずっとひどい雨の中だった。治療院に行く日は、マッサージを受けるのでパンツスタイルにならざるを得ず、パンツの膝から下はかなり濡れてしまった。タオルで拭いてもすぐ乾くわけでなし、自然相手のことでやむを得ないことながら、なんだか施術して下さる方に申し訳ない気分だった。

 

先週のモスクでの食事会体験は楽しかったけれど、床に2時間座っていた(もちろんずっと正座していたわけではないけれど)ため、少し良くなりつつあった足の痛みがまた悪化してしまった。一進一退、はたして再び自分でペディキュアのできる日は来るのだろうか・・・。

 

 *****

ここでちょっとお詫びと訂正。先週ラマダン明けのイベントに参加したことを書きましたが、私がちょっと勘違いしていまして、あれは「ラマダン明け」ではなく「食明け」、つまり日没でその日の断食が終わったときの食事会でした。今年の正式なラマダン明けの日は昨日、14日でした。この日の食事会には部外者は入れないようです。

 

 

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チコちゃん

 

ものがたり受難の時代だからこそ・・・『孤軍』笹本稜平著

高齢の資産家が50歳も若い女性と結婚すると間もなく怪死した事件や、プロ棋士藤井聡太七段の破竹の活躍。大怪我から復帰するや、奇跡のようなオリンピック連覇を成し遂げてしまった羽生結弦選手に、プロでありながらピッチャーで四番打者もこなしてしまう大谷翔平選手など、近ごろのフィクションを越えてしまっているようなリアル世界の例を挙げて、ちきりんさんが『ものがたり受難の時代』というエントリを書いていた。

 

たしかにどれも映画やドラマなら、「フィクションだから、いくらでも都合よく劇的な話が作り上げられるよね」と鼻であしらわれてしまいそうだ。それを現実にやってしまう。藤井七段や羽生・大谷両選手たちなどにいたっては、大変さも見せずむしろいとも軽やかにと言ってよいほどに・・・。

 

リアルのほうが面白い時代に、ものがたりを紡ぐことはなるほど難しいことかもしれない。でも、私は思う。そんな時代だからこそ、求められるフィクションもまたあるのではないかと。

 

笹本稜平著の『孤軍』を読んだ。『越境捜査』シリーズの第六弾らしい。この著者も初めてなら、このシリーズも初めてだが、前作を読んでいなくても十分楽しめた。シリーズ化されているし、テレビドラマにもなっているところを見ると人気があるのだろう。

 

出版社のサイトの内容紹介には

「警視庁特命捜査係の鷺沼と神奈川県警の一匹狼・宮野が難事件に挑む『越境捜査』シリーズ最新刊! 六年前、東京都大田区で老人が殺された。億単位の金を遺していたらしいが、見当たらない。その後、連絡の取れない老人の一人娘が、警視庁の首席監察官と結婚していたことが判明。すると、監察から鷺沼らに呼び出しがかかり、捜査に関して探りを入れられる。権力側のキナ臭い動きに鷺沼らは・・・。」

とある。

 

事件の隠ぺいのためあらゆる手段を使う相手に、主人公たちは警視庁ばかりでなく、警察庁も含む国の警察権力全体を敵に回すようなことになり、絶体絶命の窮地に陥るのだけれど、読者の期待を裏切ることなく、物語は実に爽快な勧善懲悪で終わる。このシリーズが人気なのも、きっとこの悪は必ず罰せられるというシンプルさなのではないかと思う。

 

国のトップに立つ人がその力を利用して友人や知人に便宜を図り、その非を追及されると官僚に嘘の答弁をさせ、その答弁を裏付けるために公文書の改ざんまでなされてしまうという、まさにこの小説の筋書き以上のことが現実に起こっている。

 

あちこちからその嘘を暴く証拠が出てくるのに、のらりくらりと嘘に嘘を重ね詭弁で国民を翻弄する。まともな政治を求めるものは、いったいどれだけ証拠を積み重ねれば悪事を認めるのかと、無力感に襲われ、この世に正義はないのかと、深い失望の淵に沈んでしまう。

 

そんな日常だからこそ、せめてフィクションの世界くらいスカッと悪者はやっつけてほしい。刑事ドラマは、必ず巨悪を追い詰め断罪してほしい。変に気取った、モヤモヤした終わり方などしてほしくない。

 

不倫や離婚が珍しくない時代だからこそ、「うっそー!」と思えるほどのピュアな恋を描いてほしい。

 

お金で買えないものなどないと言わんばかりの世相だからこそ、貧しく清く心穏やかに生きる人を描いてほしい。

 

リアルがフィクションを超える時代だからこそ、フィクションの中にしかなくなってしまったものも、あるのではないだろうか。

 

 

それにしても、現実の巨悪が断罪されるのを見たいものだ。

 

 

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吹奏楽に浸った週末

先週末は信州に出かけた。部活の吹奏楽に夢中で、ゴールデンウイークも合宿に参加で親たちと別行動だった孫の、定期演奏会を聴くためだ。今年は息子の連れ合いの両親も加わることになったため、息子たちの家ではなく、息子たちがとってくれた松本駅近くのホテルに宿泊することになった。

 

豊橋をたって11時前に松本に着き、息子たちと一緒に昼食をとり、会場のキッセイ文化ホールに行く。あちらのご両親は車ですでに到着して列の前のほうに並んでいて、開場とともにすぐ入って席をとってくださった。

 

孫の高校は吹奏楽部の指導では定評のある顧問の先生がいらしたのだが、この春の異動で新しく若い女性の先生になった。今年度のコンクールの成績がどうなるかは分からないけれど、子供たちは相変わらず熱心な活動を続けているようだ。

 

定期演奏会では、例年第二部にゲスト演奏者を招いての構成になっているようなのだが、今年はそのゲストが米米CLUBのメンバーもしているサックス奏者だった。さすがにエンターテインメントの世界で活躍なさっている方らしく、素人の高校生たちをのせたうえに、聴衆までうまく巻き込みながら、楽しく聴かせてくれた。客席まで下りてきて演奏するサービスぶりで、ちょうど私たちの前が通路だったため、すぐ目の前でプロのサックスの音を聴くことができた。

 

夜はあちらの両親の泊まる日本旅館で、みんなで会食。でも、肝心な孫は仲間たちと打ち上げのためおらず、大人たちだけだったが、見て美しく食べておいしい食事とお酒をゆっくり楽しんだ。

 

なんと翌日の日曜日も孫たちの吹奏楽部はコンサートの予定が入っていたため、昼過ぎまでは息子たちと松本の町の雰囲気の良い喫茶店でおしゃべりしたり、ランチをとったりして過ごし、午後から再び音楽を楽しんだ。

 

こちらの演奏会は、地元の団体が主催がする「水無月コンサート」というもので、会場が大正ロマンあふれる旧松本高等学校の講堂という贅沢なものだ。

 

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講堂の外観。建物も素敵だが、周囲のヒマラヤ杉の風格も素晴らしい。

 

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杉の木の巨大さが撮れたかな・・・。

 

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コンサートがすべて終了したところで、急いでスマホの電源を入れて講堂の中を撮影。写真がぼけていてあまり分からないけれど、シャンデリアなどの内装も素晴らしい。惜しむらくは、古い建物であまり広さがないため観客があふれてしまっているのと、空調設備がないので内部は信州といえども熱気むんむんで、演奏した子供たちは汗だくだったようだ。

 

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こちらはコンサート前に見学した校長室。

 

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復元された教室。一体型の机と椅子。現代から見るとなんという贅沢さ。

 

 

 

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土曜日の会場のキッセイ文化ホール。こちらは平成4年開館の近代建築。サイトウキネンフェスティバル(現在はセイジ・オザワ 松本フェスティバル)も開催される会場で、ここもなかなか素敵な環境だ。

 

松本市は人口24万人弱。豊橋市は37万人ほどなので松本の1.5倍の規模なのだけれど、残念なことに、なんだか文化度は松本のほうがはるかに高いように思われる。ほとんど見て歩く楽しみのなくなってしまった我が町と違って、昔ながらの情緒のある喫茶店やブティックもたくさん目に留まった。宿泊した松本駅近くのホテルから、旧松本高校のあるあがたの森まで30分ほど歩いたが、沿道に目を楽しませてくれるお店が続いているのでまるで気にならなかった。

 

しかし、つい最近巨大なイオンモールができたそうで、もしかした今後松本の街も変化を余儀なくされるかもしれない。できれば今の風情ある街並みを保ってほしいものだけれど・・・。

 

 

吹奏楽に浸る二日間がこうして終わった。

 

 

 

 

ラマダン明けのイベントに招待いただいて

またまた貴重な異文化体験をすることができた。日本語教室の生徒さんに、ラマダン明けの食事会にご招待いただき参加してきた。

 

モスクの建物は、もとはバイクのお店だったそうだ。郊外とはいえかなり大きな建物なので、買取の値段はそれなりに大変だっただろうと思うが、信者の方たちでお金を出し合って購入したらしい。

 

夕方6時半からの予定のウェルカムスピーチは、少々遅れて始まった。スピーカーの女性(会場はもちろん男女別々で、私たちの会場には女性と子供だけ)が話し始めても、子供たちも久しぶりに会ったらしき人たちも、別に静かになるでもなく、それまでと大して変わらないゆるくのんびりした雰囲気のまま。静かにしなきゃ・・・と思っているのは日本人ばかりのようだった。

 

プロジェクターも使って、イスラム教やラマダンなどいろいろ紹介してくれたが、あちこちでざわざわ声のする環境では私はほとんど聞き取れなくなってしまうので、あまりよく分らなかった。まあ、そうしたことはその気になればインターネットで調べられるしと思い、ひたすら雰囲気を楽しんだ。

 

ゼロ歳の赤ちゃんから、幼児・小学生・中学生と、さまざまな年齢の子供たちがいて、活発に動き回っている子もいるが、総じて大人は子供を自由にさせていて、あまり叱っている姿は見ない。小さな子が扇風機をいじったりしていると、いつの間にか少し大きい子が来て注意を他へ向けたりする。

 

日本語教室の時にはいつもママに抱っこされていて離れられない赤ちゃんが、ママのそばを離れてヨチヨチと歩き回る。ママが他の人のところへ行ってしまっても平気だ。よその大人に抱っこしてもらったり、よそのお兄ちゃんに遊んでもらったりしている。日本語教室でママがちょっと離れると泣いてしまう彼の楽しそうな表情は、まるで「いつもはアウェイだから心細いけど、今日はホームだからへっちゃらさ!」と言っているように見えた。

 

ウェルカムスピーチとプロジェクターでの紹介が終わると、いよいよ食事会。床に様々な料理が並ぶ。これはインドンネシア、これはパキスタン・・・などと教えてくれる。日本語教室で私が担当しているRさんは、自分が作ってきた春巻きに似た料理(名前を教えてもらったのに忘れてしまった)を私たちの皿に2本も3本も入れてくれる。

 

いただいていたスケジュール表には19:00断食明けの食事、19:15礼拝、となっていたので、私はてっきり15分間なら簡単な食事なのだろうと思っていたのだけれど、ムスリムの人たちがお祈りをする間、どうぞ食べていてくださいねと言ってくださって、食べきれないほどの料理があった。

 

時間は日本のようにきっちり守らないし、子供の躾もとても自由に見えるけれど、だからといって特別行儀が悪かったり困らせる子もいないし、全体的にのどかな空気が流れていてとても心地よかった。

 

戒律の厳しい宗教に疑問を感じる点もないではないが、家庭と学校・職場のほかにこうした場があって、よその大人とも知り合い世話をされて育つ経験は、とても良いことではないかと感じた。大人は信頼するにたる存在だと思って育つのではないだろうか。親にとっても、しがみついてくる子供から解放され、ゆったりと大人同士の交流の時間が持てるのは、小さな子を育てている時期は貴重だろう。まして来日間もない人なら、言葉も分からず文化習慣も違う土地で、こういう場があったらどんなに救われるだろう。

 

日本にも昔はこういう場として地域社会が機能していたのだろうが、現代はそれを失って、それに代わるものはまだ生み出されていないような気がする。小さな家庭の中に押し込められ、自己責任を突き付けられて、誰もが窒息しそうになっているのではないか。それが家庭内の虐待や暴力を生む一因になっているのではないだろうか・・・などと考えさせられた。

 

古来宗教が憎しみ合いを生み戦争を生んできているという面もあり、日本人の宗教に対してのいい加減さは良い所でもあると思っているが、今日の体験で、もっと別な面でのいい加減さ、ゆるやかさを学んでもいいのではないかと思った。特に、大人にとっての「良い子」の枠にはめようとする教育とか、煩わしさを嫌って近隣などの付き合いをしたがらない点など、異文化体験をすることで、違う視点を持てるのではないかと感じた。

 

 

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お祈り中

 

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モスクの階段の壁

児童養護施設を見学

今日は午前中民生委員の例会で、午後は施設見学の日だった。去年は障碍を持つ方々の授産施設である多機能型事業所を見学したが、今年は児童養護施設を見せていただいた。

 

そもそもは昭和24年に旧海軍大崎航空隊営外酒保であった建物を使って、戦災孤児(当時は浮浪児と呼ばれた)を収容する定員30名の施設としてスタートしたのだそうだ。現在は10年前に完成した新しい明るい建物で、定員は70名。これは東三河では最大で、愛知県内でもこの規模の施設は3か所くらいとのこと。現在国は養護施設の小規模化を推進しているそうで、これからはこうした大きな施設が作られることはないのかもしれない。

 

そして何と言っても昔と一番違うであろうことは、ほとんどの子供が親のない子ではないということだ。4割は虐待に起因する措置の子供で、6割は親に会わせることができない状態だというあたりに、現代の家庭の抱える問題の難しさを感じる。そして、親がいるために盆や正月などに一時里親に預かってもらおうと思っても、親の承諾が必要となってなかなか難しく、そうした時期にも施設に居残る子も少なくないのだそうだ。

 

吹き抜けで広々した食堂や、子供たちの居室、プレイルーム、洗濯室、医務室などを見せていただいたが、比較的新しい建物でもあり、どこも使いやすそうで快適に見えた。ただ、面白いなと思ったのは、全体的に男の子の居室より、女の子のそれのほうが乱雑な感じがしたことだ。女の子の方が持ち物が多いとのことだけれど、それを勘案してもやはり整理整頓は男子に軍配を上げたい。

 

平日の昼間なので、子供たちはみな保育園や学校に行っていて不在だ。腎臓の病気で導尿が必要だという小学生が、ちょうど処置のために戻ってきていた。学校では医療行為ができないため、昼休みを使って職員が連れてきて処置をし、また学校まで送っていくのだそうだ。この他にも発達障害を抱えている子も少なくないそうで、職員の方々のご苦労は大変なものだと思う。

 

この施設が、小学校も小規模な周辺部にあることもあって、地域の住民とも交流が密で、また地元にある企業も社員がボランティアで出入りしてくれたりと、とてもアットホームな雰囲気で運営できているというお話だった。たとえ困難な状況であっても、おそらくかなりの子供は親と一緒にいたいものなのだろうから、せめてここでの日々が、温かく心穏やかなものであって欲しいと思う。なにか行事のおりにでも訪問して子供たちの顔つきを見てみたい気がする。

 

こうした説明を聞き、定員70人の施設で、年間を通じて99.4%の入所率、その上さらに一時保護児童の受け入れ数が年間で1300件以上という資料の数字を見ると、職員の方々の負担はいかばかりかと思う。それでも以前は子供と職員の比率が6:1だった基準が、現在は4:1までに改善され、良くなった方だという。どうも日本は教育や福祉分野にお金を使いたがらない、つまりそういうことでは選挙民の票を集められない、国であるようだ。

 

 

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いただいたパンフレット

 

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同施設のホームページより 右が吹き抜けの食堂(通常の高さの水道が並ぶ端に、小さな子のための高さ4、50センチの洗面台があり、とても可愛らしかった)

 

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これもホームページより プレイルームで遊ぶ子ら