よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

明日目覚めるのが怖くなる?『わたしの本の空白は』近藤史恵著

ある日目覚めたら、自分がどこにいるのかも分からず、名前も年齢も何も思い出せない。どうやら自分がいる場所は病院らしく、身体的には何ら問題ないので退院してくださいと言われる。迎えに来た男は夫だと言うが、まるで親しみを感じることができない。夢の中に出てくる美しい男性には、胸を締め付けられるほどの懐かしさや愛情を感じるというのに・・・。果たして夫だというこの男に付いて行っていいのか。連れていかれるところは本当に自分の家なのだろうか。

 

主人公のこんな状況から物語は始まる。記憶喪失というドラマや映画でもよく見かけるシチュエーションだ。小説で、しかも主人公の独白という形で語られると、自分が何者とも分からない主人公の心細さや不安が、ひしひしと読み手の心に迫ってくる。

 

徐々に、自分は三笠南という名で、夫慎也とその母や姉と一緒に暮らしていたと分かってくる。退院の日に仕事で来られない夫の代わりに義姉が迎えに来てくれるが、どうも自分のことを快く思っていないらしい。記憶をなくす前、自分は人に嫌われるようなそういう人間だったのだろうか。義母は優しいが、認知症で自分のことをキミちゃんなどと呼んだりする。

 

やがて夫から自分には小雪という実の妹がいると聞き、彼女と会って以前の自分のことを聞くが、小雪の話す慎也の人物像は、実際の夫とはまるで同じ人物とは思えない。むしろたびたび夢の中に出てくる慕わしく美しい男性にこそぴったりする。

 

南は自宅の階段から落下したことが原因で記憶を失くしたようなのだが、義姉が打ち明けたところによると、彼女を突き落としたのは夫の慎也だという。自分と夫との間には何があったのか、夢の中の男性は何者なのか・・・。

 

こうして主人公南の霧に包まれた過去が、ミステリアスに展開していく。途中から渚というもう一人の女性が物語に絡んできて、南の夢の中の美しい男の一面が描かれる。

 

物語全体の温度が低いというか、冷静な感じがして、男女の愛の交錯を描きながら、なぜか誰もそれほど熱さを感じさせる人物がいない。登場人物にはあまり感情移入してしまう対象はいなかったが、物語の面白さに引き込まれて一気に読んでしまった。

 

男と女の愛憎物語というより、サスペンスの要素が印象に残る。簡単に記憶喪失になることはあるまいが、ある日目覚めたら自分が何者か分からないなんてことが起きるとしたら、眠るのが恐ろしくなってしまいそうだ。たとえ、まっさらにしてやり直したいような、ダメダメな自分だったとしても・・・。

 

 

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