よんばば つれづれ

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逃避行の中で成長する母と息子『青空と逃げる』辻村深月著

※大変申し訳ないことに、著者名の文字を間違えていた。謹んで訂正致しました。

主人公は本条早苗と小学5年生の力(ちから)の母子。早苗は舞台女優だったが、同じ劇団の俳優である拳(けん)と結婚し、今は舞台に立っていない。

 

彼女たちの所属した劇団は、主宰者が厳しくて所属する役者をテレビなどには出さないため、主婦となった早苗が女優だったと分かる人はいない。夫の拳は最近有名女優が主演する大きな舞台で相手役に抜擢されて客演することになり、やっと少し名前が売れ始めたのだが、ある夜その女優と乗っていた車で事故に遭ってしまう。

 

運転していたのは女優のほうで、顔に傷を負った彼女はそれを気に病んでか、自殺してしまう。世間では週刊誌などが面白おかしく二人の不倫を書きたて、看板女優を失ったプロダクションは、同乗していた拳のせいだと責任を迫るが、なぜか夫は早苗に何も説明せず姿を消してしまう。

 

プロダクションの「怖いお兄さんたち」が「旦那さんの責任は家族の責任」と連日家に押し掛けるようになり、また家の中に血の付いた包丁が隠されているのを見つけて、夫か息子かに大変な秘密があるのではという不安にも駆られ、早苗は夏休みの力を連れて友人のいる四万十に逃げる。

 

こうして始まる母と息子の逃避行の物語だ。四万十の美しい景色の中、温かく優しい人々に囲まれてやっと平穏な生活を手にしたかに見えた母子のもとに追手が迫り、ふたたび早苗と力は夜逃げのように四万十を離れる。

 

こうして、四万十から瀬戸内海の家島、別府、仙台と母子は転々とする。行く先々ののどかな土地柄と人情の美しさが、この物語の白眉だと思う。

 

四万十では食堂の手伝い、別府では温泉の砂湯の砂をかける仕事をし、早苗はだんだん逞しくなっていく。いっぽう息子の力のほうも、年上の女の子に淡い思いを抱くような交流があったり、母を待つ間に大人の仕事を手伝ったりするなかで、少しずつ成長していく。

 

物語の根幹部分に少々弱さを感じないでもないが、とにかく主人公の二人の周辺の人物の描き方が素晴らしく、また逃避行の初めには頼りなさを感じさせた早苗が、なんとしても力を守らなければという思いで、母として強くなっていく姿や、ただただ庇護される立場だった力が、病気で倒れた母のために勇気を振りしぼったり、母に離婚しないでと言ったのは自分の身勝手だったのではと気付くなど、優しく強く成長していく姿が感動的だ。

 

現実世界では、立場や名声のある人たちの醜さにうんざりさせられる毎日だが、市井の実直な人々の暮らしが描かれていて、やっぱり人間ってまんざらじゃないなと思える、心地よい読書だった。

 

 

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