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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

ゴミ拾いと今年最後のスタンディング

暮らし 社会のこと

この2、3か月ほど、地域の小学校の「見守り隊」の会議の時に我が団地内の公園が、中学生の芳しからぬたまり場になっているように言われる。問題の中学生は、必ずしも団地の住人ではない場合もあるのだけれど。

 

会議の出席者の一人から、「いつも話題になるので、ウオーキングのついでに一度見に行ってみたら、ゴミがとてもひどかった。だからよからぬ子たちが集まるのでは・・・」と言われた。いちおう月初の一斉清掃のときに担当の組長さんは集会所や公園周辺を掃除することにもなっているのだが、たしかに、実際は忘れられていることが多い。老人会でも、例会の前にみなでゴミ拾いをしたり、気を付けてはいるのだけれど。

 

ゴミを捨てるのはうちの団地の住人だけではないにしても、老人会を代表してその会議に出席する私としてははなはだ面白くない。それで、近頃は時々公園のゴミ拾いをするようにしている。今日も、公園をきれいにしてお正月を迎えようと思い、午後からゴミ拾いをした。それほどいっぱい散乱しているという印象はなくても、集会所周辺と、公園の外周と中とを拾い終わると、10リットルのゴミ袋がいっぱいになってしまった。

 

子供たちが捨てたと思われる菓子のパッケージや飲み物のカラもあるけれど、たばこの吸い殻の多さに呆れた。もしかすると中学生が好奇心で吸ったものもあるかも知れないが、おそらく大半は大人が捨てたものだろう。

 

私がガーデニングに利用させてもらっている共用部分の花壇にも、人を待っていたのか、たくさんの吸い殻が花の陰に捨てられていて、腹立たしく思うことがある。禁じられていない場所でタバコを吸うことまでは仕方ないとしても、せめて自分の吸ったものは自分できちんと始末をつけてほしい。

 

まだ小さいと思っても、子供は結構大人のすることをちゃんと見ている。本当は各家庭で小さな頃から、ゴミはごみ箱に捨てるなどの基本的ルールをきちんと躾けてくれるといいのだけれど、全ての家庭に期待することはとてもできない。

 

子供のうちに身につけないと、なかなかあとからでは難しいことが多いが、知らない大人が公園のゴミを拾っている姿をしょっちゅう見ることによって、いつか、公共の場にゴミを捨ててはいけないんだなということに気付いてくれたら嬉しい。

 

 

・・・とここまで書いて、電車に乗り遅れそうなことに気付いた。今日は今年最後のスタンディング。先週のクリスマス集会のイベントでいちおう終了したのだけれど、「ちょうど金曜日でもあるし、来られる人だけでも!」との情報がメールで知らされたのだ。一人の年末年始で余裕があることだし、これはもう当然参加でしょ、と急いで出かけた。

 

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もうさすがにこの時期に来るもの好きは少ないかなと思ったのに、予想に反して盛況。通常の金曜日でも近頃はとうてい20人に及ばないのに、今日は19人集まった。ギターも鍵盤ハーモニカもあって賑やかだった。

 

 

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こんなパフォーマンスを考えてきた人も。今年の10大ニュース、世界版と日本版を流しながら解説、とても興味深い試みだった。

 

 

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新年は元旦からスタンディングを行う。午後1時にこの場所で立った後、駅の反対側の羽田八幡宮までねり歩いて行って、初詣客にアピールする予定だ。

 

暇な私はもしかしたら明日も更新するかもしれないが、とりあえずご挨拶。

今年一年、つたないブログをご訪問くださった皆様、本当にありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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画像サイトよりお借りしました。