よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

人生が楽しくなる!『住み開き』アサダワタル著

自宅の一部を、カフェやギャラリー、イベントスペースなどとして地域に開く提案と、各地の実践例を紹介した本。著者は1979年生まれの「日常編集家」という不思議な肩書の若者だ。

 

駅前のスタンディングや集会&パレードなどの今までの活動に限界を感じて、次のステップとして、不特定多数を対象にしてきた今までとは対照的に、自分の家で小規模な集まりを持って、社会の様々なことを話し合う場を作りたいと考えている。フェイスブックで、8月に企画した第一回の企画を告知したら、スタンディングの”言いだしっぺ”からこの本の紹介がアップされた。参考になりそうだから初回開催の前に読んでおこうと思い、貸してもらった。

 

自宅を開く形も呼びかける対象もさまざまな「住み開き」の事例が、「東京編」11「大阪編」14「各地編」6と、著者の「住み開き原体験」も合わせて、合計32例が紹介されている。

 

初めての子育てと仕事とのジレンマの中から「ママさん自宅サロン」を始めた例もあれば、定年になって地域と繋がりたいと「住み開き」を始めた例もある。商売が時代に合わなくなったため、その店舗の空間をギャラリーにしたり、カラオケボックスを改装してシェアハウスにし、さらにシェアオフィスをプラスして、そこでの多彩な人間関係を仕事に生かしている例もある。

 

私の計画に一番参考になると思ったのは、大阪府堺市泉北ニュータウンの「グループ・スコーレ」だ。自宅で長年学習塾をしてきた主婦が、50歳になったのを機に、少しゆっくりして趣味のシャンソンや高齢化する地域のために時間を使いたいと考えたのがきっかけだったそうだ。

 

当初10人のメンバーが、それぞれ自分の得意なことを教え合う形でスタートした「住み開き」型の教室が、いまやシニア世代を中心に270人ほどに膨れ上がり、約30人が自宅を開放して、時にリーダーとして、時に生徒として、お互いの家を行き来しているそうだ。

 

私がしようとしているのは、まだテーマもはっきりしていない。遠回りにはなるが、政治を前面に出さず気楽なものにして、雑談のようなところから、参加者の興味や関心をさぐり、徐々に形ができていけばいいなと思っている。

 

狭い我が家で集められる人数は知れたものだけれど、ここを経験した人がどんどんあちこちで自宅を開いて行ってくれて、ネズミ算的に広がっていくことを願っている。そうして身近な人同士で生活の中の問題を話し合い、考え、解決していく文化が育ったらそんな嬉しいことはない。

 

立憲政治の回復とか緊急事態条項や改憲是非の国民投票といった目の前の課題の解決には間に合わないだろうが、遠回りでも、気長に何十年かのちに花が咲いたり、実がなったリするよう、せいぜい耕したり種を蒔いたりしようと思う。

 

 

それにしてもこの本、自宅に人を集めることのノウハウを学ぶつもりで読み始めたのだけれど、著者やその周辺の若い人たちの考え方や価値観に驚かされ、刺激を受け、この人たちが社会を動かす世代になれば、なんだか大きく世の中も変わりそうな希望を感じることができた。

 

中部地方にいる私は5年前のあの大震災もあまりリアルな被害はなかったが、東京では大量の帰宅困難者が出たり、停電などもあって、もちろん被災地とは規模は違うが、それでもかなり深刻な状況だったようだ。そうした中、以前から住まいをシェアしたり、地方から来た人や海外から来た人などを柔軟に受け入れていた人々は、自宅を開くことに何ら抵抗がなく、インターネットで情報をやり取りして、東北の被災者を受け入れたり、逆に関東から関西のそうした人々の元に身軽に避難して行ったりしたという。

 

事例紹介の後に、著者と様々な分野の人との対談が収録されていて、その話の中にも非常に発見がたくさんあった。

 

高齢化社会の到来で、「一人の若者が三人の高齢者を支える」ようになるなどと言うが、「いやいや、三人の高齢者が一人の若者を支えればいい」という逆転の発想には笑ってしまう。実際、フランスでは家族がいなくなって広すぎる家に一人で住む高齢者の元に、若者が安く居候して助け合って暮らす形が人気を呼んでいるという。

 

今の日本の行政だと、高齢者福祉の政策と空き家ストック活用的都市計画政策、若者雇用の政策といったように、二重三重の縦割りになって税金が下りてくるが、根本から見直せばもっと自然に解決できる、と言っていることなども注目していいと思う。

 

著者がもともと音楽を中心とする「表現者」である関係から、周囲にも比較的融通の利くクリエイティブな仕事の人が多いせいもあるのだろうが、じつに身軽に移動したり移動する人を受け入れたり、従来の型に制約されない生き方をしている人が多い。収入が少ない時も、安定している人がカバーするような暮らしぶりで、うんとお金持ちも出ないかも知れないけれど、多くの人がこんな風に「やわらかに」生きられたら、今の時代の息苦しさは随分緩和できるのではないかと思った。

 

高円寺でリサイクルショップ「素人の乱」を経営し、2011年からは「原発やめろデモ」をしているという松本さんという方が考えているという、「生活や仕事を乗せて日本中をグルグル回るバス」というのも、漫画のようにお気楽で奇想天外な発想だけれど、全く実現不可能でもないような気もするし、なんといっても、こんなことを考えていると人生面白くって、引きこもったり暗くなったりしてる暇はない!という気分になってくるところが断然いい!

 

「地」にも「血」にもこだわらず、まして金にも権力にも媚びない、身軽で自由な若者たち。土地を所有するという意識が希薄なことは、国という意識にも縛られないことにつながる。「愛国心」好きの今の世の中の支配者たちにはとんでもないことだろうが、もともと地球には国境の線も存在せず、まして個人が土地の所有を主張するなど笑止なこと。

 

彼らの世代が、やわらかな平和な地球を作ってくれることを夢見たい。と、久々に明るい気持ちになる本だった。

 

 

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