よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

あまり役に立たないであろう雑学「赤ちゃんの鼻毛」

NAVERまとめサイトの雑学カテゴリを見ていて、「知ってた?生まれたての赤ちゃんにはアレがない」というのが気になった。

何だと思います?って、タイトルにもう書いちゃっているけれど、鼻毛がないのだそうだ。それで鼻に入った異物が直接粘膜を刺激してしまうので、赤ちゃんはくしゃみをよくするのだとか。

おお、けがれなき赤ちゃん。汚濁したこの世で生きていくために、やがて鼻毛で身をよろう必要が生じるのか・・・と妙に納得してしまった。


赤ちゃんについては多少詳しいと思っていたのだけれど、鼻毛のことは知らなかった。でも考えてみたら、沐浴のあと体を拭きながらとかオムツを替えながらとか、赤ちゃんの鼻を下から見ることは多いが、その時に鼻毛が見えたらギョッとすることだろう。ただ今日の今日まで意識したことがなかった。


20年以上前くらいに「新生児はお母さんの声を聞いて、同じ周波数の声を出す」ということを紹介しているテレビ番組を見たが、赤ちゃんってまだまだ不思議がいっぱいな存在らしい。生まれたばかりの赤ちゃんはみんな天才の卵。悲しいことにそばで接するのが大抵普通の大人であるため、赤ちゃんはどんどん能力を失って、大抵凡人に育ってしまう。

いや、凡人ならまだいい。それ以下の劣悪な環境に置かれればとても残念なことになってしまう。ちょうど、昨日の「クローズアップ現代」で「愛着障害」と犯罪について取り上げていた。幼少期に周囲の人ときちんと信頼関係が築けないと「愛着不形成」となり、脳に障害さえ起こしてしまうのだそうだ。そしてそれが犯罪行動にも繋がりやすいのだという。

どれくらいまでの時期が重要かという国谷キャスターの問いかけに、研究者は「3歳くらいまで」と答えていた。「三つ子の魂百まで」という昔ながらのことばが、まさに科学で裏付けされた感だ。


いつも思っていることだけれど、子供を持とうと思った瞬間(受精から胎児期もとても重要)から、せめて3歳くらいまでは、できる限り子供に良い環境を準備してほしい。両親はもちろんのこと、その周辺の人々や、行政の支援も必要だ。それから赤ちゃんを受け入れる社会全体の優しさも欠かせない。


少し前にちきりんさんの「理想の社会など信じるのはやめましょう」というエントリを紹介したけれど、性善説性悪説のどちらかと考える時、生まれたての赤ちゃんを見ればやっぱり私は性善説をとる。悲しいことに育つ過程でどうしても悪も生まれていく。けれどもそれを最小限にする努力が大切だと思う。それは誰のためでもなく私たち自身のためだ。一人の犯罪者を生むことは社会にとってどれほどのマイナスになることか。


当たり前のことだけれど、イスラム国の戦闘員たちもみんな、何十年か前には、あるいは十数年前には、無垢な赤ちゃんだったのだ・・・。