よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

豊橋ユネスコ協会、中学校で出前授業!

豊橋ユネスコ協会の私達のプロジェクトで何回も打合せを重ねて来た、平和を学ぶ出前授業の中学校バージョンも、いよいよ当日を迎えた(先日の私立の中学校は青年部が実施するのにサポートで同席したもの)。第一時限からなので今日は学校集合が8時半。途中、通勤の車で渋滞があるかも知れないからと、家を出るのは7時半前。こんなに朝早くから出かけるのは久しぶり。思ったより道路がすいていていくらか早めに到着した。それでも名古屋から参加の方もすでに到着なさっていて頭が下がる思いだった。

今回は学校側の「なるべく少人数のグループで戦争体験者を囲んで、祖父母と孫の会話のようなアットホームな雰囲気で」というご希望があり、今まで小学校でやって来たものとはかなり形式が違う。1時限分のメニューで、ひとクラスずつ同じものを3回繰り返す。戦争の語り部の方たちは、今まで比較的大勢を対象に話してこられた方が多いので、相手が少ないことや持ち時間が短いことに物足りなさを感じないだろうかということも危惧した。

けれどもふたを開けてみれば私達の心配はほぼ杞憂に終わり、まずまず成功と言えるものだったと思う。中学2年生という年齢も、難しい年頃ではないか、ちゃんと年寄りのメッセージを受け止めてくれるだろうか・・・と不安だったが、校区が郊外であるせいか純朴素直で、そのうえ先生方の熱心な指導も相まって、とても気持ちの良い生徒さん達だった。

私達の授業のあとに、今回の学校側責任者の社会科の先生が短いコメントを生徒達に仰った。それは「授業で学び、またこうして地域の年長者から教科書では分からない実際の体験談などを聞き、いろいろなことを吸収して、自分でしっかり考えられる人間になって欲しい」というようなものだった。これは私たちが最初に打合せに伺った時から一貫して仰っていたことで、先生の強い思いがひしひしと伝わってきた。「時にはテストのために覚えるというような場面も出てくるだろうけれど、歴史で過去のことを学ぶのは、未来のためなんだよ」との言葉には胸が熱くなるようだった。多感な時期にこのような先生に学べる子供達は幸せだ。

戦争体験の語り部の方たちはある程度ご年配だし、中には空襲で足が不自由になられた方もいる。先生は、手荷物が大変そうな方の分は生徒に運んで差し上げるようにとの声かけもしていらした。校長室から教室まで、終わればまた教室から校長室までの先導も生徒にさせ、VIPのごとく丁重に扱っていただき、ババは大感激だ。


いじめだとか、学級崩壊だとか、モンスターペアレントだとか、気のふさぐような話題ばかりが聞こえてきて、こんな時代に教師をするのは大変ねェと思っていたけれど、今日の学校など見ると、いややっぱり教師ってやりがいのある仕事だと思える。



出前の授業をしに行ったつもりが、こちらもいっぱい学ばせていただき、お若い方々に優しく丁重におもてなしもいただき、すっかりいい気分、幸せいっぱい、空いっぱい♪ という1日でした。


(タイトルを変更しました)