よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

引っ越しのお手伝い

クーラーバッグにありったけの保冷剤を入れて家を出、駅ビルのコンビニでお茶やおやつを調達して友人の家へ。車のない私にとっては少々不便な場所にある家なので、最寄りのバス停までは車で迎えに来てもらった(世話の焼ける助っ人でごめん!)。

このところ軽井沢の家の方で過ごすことの多くなっていた友人夫妻、昨年春でいよいよ名古屋大学の仕事が終了しこの地に家を構えている必要性が無くなった。2軒持っていても不経済だしということで売りに出していたのだが、消費税も上がってしまったし少し時間がかかるだろうと言っていた。ところが運よく買い手が現れ、近々引き渡すため、家の中のものを片付けなければいけなくなった。

軽井沢で同居しているご高齢の母上をショートステイに頼んで、週末から整理のためにこちらに来るとの予定を聞いていたので、お手伝いの押し売りを申し出ていたのだ。すでに先月、嫁いだお嬢さんたちも来て一度整理しているのだけれど、何しろ大きな家だし30年近くも過ごした所だけに物の量が半端ではない。ご主人は仕事柄蔵書や書類もまだ大量に残っている。

要不要を見極めながらの作業のため、私が勝手に作業を進める訳にはいかず、指示待ちの時間も結構できてしまったけれど、友人が選び出した食器類を片端から包んで箱に詰めていったり、何年分?と言うほどたまっていた『暮しの手帖』や料理本、雑誌などを束ねたり、資源化センターに持ち込むために車に荷物を積み込む時などは、人数が多いと手渡しで作業がはかどったので、少しは貢献できたかな、と思う。

昨日はちょうどご主人の69歳の誕生日で数えなら古希だというので、一緒に祝ってと、フレンチレストランに3人分のディナーの予約を入れて下さった。夫婦水入らずで祝うべきところにオジャマムシが入るのも無粋なことと思い固辞したのだけれど、どうしてもと聞き入れて下さらないので、とうとうご厚意に甘えてお相伴に与った。


私は今まで何回かの引っ越しを経験したけれど、いつもご近所の方や友人にとても良くしていただき助けられてきた。だから友人への今回の助っ人の申し出は、今まで自分が受けた行為を次に送る『Pay It Forward』の精神だったのだ。

もちろんこの友人は、私がばかでとんでもない間違いを犯してしまった時も、辛い状況に置かれて苦しんでいたときも、いつも静かに寄り添い、その状況にはこれ以上ないというほどの適切で宝石のように美しい先人の言葉(たいてい書物の中の)で慰めたり励ましたりしてくれた、とてもとても大切な人だ。周囲の人が私に批判の目を向けた時も、何も追及もせずただ私を信じ支えてくれた。どんなに恩返しをしてもし過ぎることはないくらいに思っている。

でも、今回の引っ越し手伝いは私の中では『Pay It Forward』。神奈川時代の親切な隣人たち、津軽の温かな友人や教え子のご父兄や仕事仲間に、過ぎるほどのご厚情をいただきながら、いまだ私は借りを返せていない気がしている。だから今回、この地を去る友に彼らの優しさをつなごうと思った。


友人には作業が終わって帰るときにその旨を伝えようと思っていたのだけれど、先に気を遣わせてしまった。初めにきちんとこの点を伝えたうえで手伝いを申し出るべきだったと思うが、あとの祭り。

ま、しかし、ご主人の古希の誕生日におまけで加わり、引っ越し作業で汗や埃になったむさくるしい状態で(服だけはさすがに皆着替えた)、3人でお祝いしたわねと、笑い話の思い出になるのもいいかと考えることにしよう。


それにしても暮らす先々で、いつも温かな友情や人情に恵まれてきた自分はなんと幸せだったことかと思う。私自身も誰かに温かさを感じてもらえる存在でありたいと願う。


今回、軽井沢に友は去るけれど、自分と繋がりのある場所がまた一つ増えるのは楽しいことでもある。


追記  ハーレイ・J・オスメント少年が可愛らしかった映画『ペイ・フォーワード』では、自分が受けた善意を3人の人に返す、という考え方です。ワタクシ、まだ足りません。。。