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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

私の食欲が分けられるものなら・・・

このところ午前に行っても午後に行っても、母はいつもグッスリお昼寝中だったため、今日は夕食の時間に行ってみた。

本当のところは、母は食事にとても時間がかかるため、食事介助は避けたい。以前ちょっと誤嚥になりかけたこともあるので、不安でもある。でも食事時に家族が行って、眺めているだけという訳にはいかない。

結果、本日は1時間かけて大匙5杯(それもすりきりで!)程度の成果だった。お姫様のようなおちょぼ口しか開けず、やっと入れたちょっぴりの食物を、延々とモグモグやっている。ほんのちょっとでも舌に固形物が残っていると気になるらしく、更に噛む、噛む、そして、ついにはプッと吹き出す。で、やっと口を開けてくれるのだけれど、またしてもスプーンの先っぽしか入れられず、乗せたおかずの大半はスプーンに残ったままなのである。そしてそのちょっぴりの食物の咀嚼にまた5分10分とかかる。いくら声掛けしても頼んでも、頑として口を開けてはくれない。

この繰り返しで、母が数口の食事をする間に、周りの方々はどんどん終了して歯磨きやうがいも済ませ、居室へと引き取って行かれる。人一倍せっかちな私は、母の牛歩戦術のような食べ方にイライラしっぱなしだけれど、それを必死で押さえつけて優しく振る舞っているうえ、周りの方がほとんど食事を終えられると、片付かなくてスタッフの方は嫌だろうなと気が気でなく、心身ともにへとへとになってしまう。

結局いつも1時間あたりをめどに、スタッフの方に「たったこれだけですが、もう食べようとしませんので・・・」と謝って後をお願いして帰って来ることになる。私が関与しなければ、かえってもっと早く、量も多く食べさせられるのではないか、私が行って介助することが迷惑になっていないだろうかと不安だ(今度ちゃんとお聞きしてみよう)。

母は舌に固形物が残るのを極度に気にするので、いっそミキサー食にしてしまえば食事の時間が短縮できるかもしれない。けれども施設側の考えは、咀嚼力があるのだからと、主食をおかゆにせず、まだ普通のごはんのままにしているくらいだから、この案はおそらく却下されるだろう。食事の形態を落とすことは、生活の質をさらに低下させることになる。


それでも、今日は「私もう帰るからね」と言うと、「はい、どうもありがとね」とニッコリしてくれたのが救いだった。娘だと、まして次女で末っ子の〇〇〇だと分かっているはずはないけれども、このところ母の言葉を聞くことがめっきり難しくなってしまったし、表情も少なくなってしまったから。