よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

安野光雅さんの世界に遊ぶ

安野光雅旅の絵本」の世界展、に行って来た。一昨日は稽古事、昨日は墓参りをして、そのまま午後美術館ということもできたけれど、暑い時の外出はとても消耗するし、そうでなくとも絵の鑑賞は静的なイメージながら、なかなか体力のいることなので、やはり改めて出直すことにしたのだ。

のんびりの私が出かけるのはおそらく遅くなるので、午後の方がゆっくり時間が取れるだろうと思い、昼食をとってから出かけた。以前名古屋の友人と美術館に行っていた頃は、名古屋駅金山駅で10時頃待ち合わせたので、夢中で見ているうちにお昼をはるかに過ぎていて、鑑賞中に静かな館内でお腹が鳴って冷や汗をかくことがしばしばあった。レストランが美術館の中にあって、鑑賞の途中で軽い食事ができたり、お茶を飲んで休憩することができたらどんなにいいだろうと思う。


安野さんの絵本は大好きで、『旅の絵本』が出版されたときも迷わず購入した。『はじめてであう数学の絵本』、『あいうえおの本』『なかまはずれ』など、子供のために買った本もあれば、『野の花と小人たち』のように純粋に自分のためだけに求めたものもあり、我が家の本棚に安野さんの作品は随分あったように思う。婚家を出るときに大分置いて来てしまったが、『旅の絵本』も『野の花・・・』も今も手元にある。


日本の印刷技術はかなり高いと思うけれど、やはり原画の色は全然違った。安野さんの優しい絵が、本当の色でさらに柔らかなものになっている。絵を楽しむのはもちろん、安野さんがそちこちにちりばめているしかけも楽しみたいのだけれど、他の鑑賞者に気兼ねもしてしまう。たぶん今日はかなり空いている方だろうけれど・・・。

新しく出版された『旅の絵本 日本編』を見たいと思いながらまだ見ていなかったが、今日原画で見ることができた。田んぼや茅葺屋根の家、鎮守様・・・、街中で育った私は実際それらの風景になじんでいる訳ではないけれど、絵の前に立つと懐かしい気持ちがこみ上げてくる。涙が出そうになる。心が震える。たぶん、日本人の心のふるさとの風景なのだ。陸前高田の奇跡の一本松をモデルにした松の木を描きこんだ風景もあった。その松の木の姿は、震災や原発事故についての安野さんの言葉とともに私の心の中にしっかりと刻まれた。


久しぶりの美術館、暑さの中の外出ということもあって疲れたけれど、だいぶ心の充電ができたような気がする。美術館から近いので、薪窯焼きパンの店に寄って「イチジクとクルミのカンパーニュ」を買って帰る計画だったのだけれど、どうしてもその元気は出なかった。代わりに駅ビル内の焼きたてパン屋さんで、明日の朝用のパンとリンゴのパイ(今日のお買い得になっていた)を買って来た。


家に着いてリンゴのパイとコーヒーで休憩。お腹の充電も完了!