よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

蛇の目でお迎え・・・

今週のお題「雨あめ降れふれ」

植物に限らず生物はすべて水がなくては命を繋げないのだから、雨は過度に降らないかぎり恵みをもたらす有難いもののはずだけれど、大人になってからはあまり「雨あめ降れふれ」と思ったことはない。

そんなふうに雨が嬉しかったのは、やはり子供の頃だ。傘を持たずに学校へ出かけ途中から雨になると、母が傘を届けに来てくれた。下校時刻に合わせてお迎え・・・というのではないが、放課の間に持って来てくれるのだ。学校中でもベストテンに入るんじゃないかというくらい家が近かったので、学校のチャイムも家までよく聞こえた。だから母は休み時間を選んで来ることもできたのだろうし、雨の中届けに来るのもそんなに苦ではなかったのだろう。

当時はうちの母だけでなく、たいていのお母さんが専業主婦だった。それでも傘を届けてくれる母親は多くはなく、廊下から母が「〇〇、傘持ってきたよ」と声をかけてくれるのが嬉しかった。私は末っ子だったので、決して若いお母さんではなかったが、豊かとはいえない暮らしながら、普段でもきちんと身ぎれいにしている人だったので、そんな母がちょっぴり誇らしいような気持ちもあった。

今のように安い傘があるわけではなく、折り畳み傘というものも存在せず、木綿生地を張ったしっかりした長傘が一人に一本だけが普通だった。台風など強風の中で差して壊れると、修理して使った。ときどき、折れた骨を直したり生地を張り替えたりする職人さんが、家々を回って歩いて商売していた。そんな時代のおはなし。