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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

弱くても勝てます・・・かね

人が殺される話や人命より権力やお金が尊重される話は少々食傷気味。これならほっこりした気分になれるかなと思って、新ドラマ『弱くても勝てます』を見てみた。

全体的に高校生役の俳優が大人っぽくて、反対に先生役の二宮くんが童顔なので、どうも同じ野球部員の一人に思えてしまう。『あまちゃん』の出演者が4人もいたり、ジャニーズ事務所の若い人もいるところから見ても、主役はどうしても二宮くんありきだったのかもしれないけれども、せめて言葉遣いや雰囲気だけでももう少し何とかならないだろうか。

言葉遣いといえば、練習試合で初回から全然アウトが取れずチェンジできないため、二宮くん演じる監督が相手チームの監督にお情けでチェンジを乞う場面で、彼は「あいつらにも打たせてあげてください!」と深々と頭を下げた。頭の切れる人という設定なのだから、ここはぜひ「打たせてやってください」と正しい言葉遣いをしてほしかった。

ストーリーは特別悪くもなかったが、1回目を見た限りでは生徒も先生も設定とは違ってあまり頭が良さそうには見えなかった。これから徐々にそれらしくなっていくのだろうか。でもあの場面であのセリフでは、脚本家さんには今後もあまり期待できそうもない気がする。若い視聴者は違和感を感じないかもしれないけれど、間違った言葉遣いを聞き慣れていってしまうのが気がかりだ。

昨日の夕方NHKの『海外ネットワーク』でどこやらの国のポメラニアン犬がとても芸達者だと紹介していた。女性アナウンサーが「これからもまた新しい芸を覚えて、いろいろ見せていただきたいです」とこのニュースを締めくくった。いくら賢い犬だからって、「いただきたい」はない。原稿を書いた人も書いた人なら、平気で読んでしまうアナウンサーも残念だしスタッフも誰一人気付かないのか。NHKの報道番組の人材もこの程度なのだから、民放のドラマに過剰な期待というものか。

NHKのニュースでも近頃は「たくさんの品物が売っています」といった言い方をしょっちゅう聞くようになった。「大勢の方がおいでいただきました」。小学校で主語と述語、主述の呼応などを教えないのだろうか。通じればいいという考え方もある。何を細かいことをと思う方もいよう。でも気になってしまうし気持ちが悪いのだから困る。

英語を母国語としない国の人がたくさん集まって話すとき、かなり本来の英語とは違う英語が使われるという話を最近読んだ。主語が三人称単数でも動詞のSを無視するとか、名詞の可算、不可算を区別しないなど。同じように、日本語も外国の人がたくさん使うようになればなるほど、今以上に形を変えていくことだろう。それでも、いえ、だからこそ、できるかぎりちゃんとした日本語を伝える努力をしたい。・・・と思えど日々濁流に呑み込まれていく!