よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『男のおばあさん』永六輔著

クスクス笑いながらあっという間に読んでしまった。著者ご自身が始めに「ヘンな本です。ラジオを聴いているつもりで読んでください」と書いているように、永さんの長寿ラジオ番組を聞いているような軽い語り口の本だ。

永さんはもう何年も前からパーキンソン病を患っていて、何度も転んで入退院も繰り返してみえるらしい。それでも50年近く続くラジオ番組を一日も休んでないと言う。時には病室からおしゃべりを届けているらしい。ご自分の病気も老化もありのままさらけ出して仕事を続けているという気がする。そのあたりもとてもおばあさんっぽい。たぶん、だけどおじいさんは面子や体面を重んじる人種のような気がする。

自分の体でありながら自分の思い通りに動かくなくなる。周りの親しかった人が亡くなっていく。自分の仕事に関しても「聴き取りにくい」などの批判もたくさん来るようになる・・・。年を取るということは、せつないことなのだろうなあと思う。加えてリハビリは痛くて辛いことのようだ。

でも永さんは嫌なことも極力笑い飛ばし、年を取ることを楽しむようにして暮らしている。たまたまいいお医者様に出会い、また薬がとても体質に合ったという幸運はあるかもしれない。けれども幸運とて掴もうと身構えている人しか掴めないのだから、やはりそうした幸運に巡り合ったのも永さんのポジティブな生き方ゆえかもしれない。

若い頃は、年配の方が数人寄ると病気や体が大変という話ばかりしている様子にウンザリしたものだ。私はああいうおばあさんにはならないぞと思っていたけれど、最近同世代の友人と会うとどうしても老化や病気などの話になってしまう。初めて体験する自分の体の老化現象に戸惑うからなのだ。自分が若いときは、老人はずっと老人のような気がしていた。もちろんそんなはずないのだけれど、なんとなく年配の人たちは年配であることに慣れているように思っていた。でも、あのときのあの先輩たちも自分の変化に戸惑っていたのだろうと、いまなら理解できる。

「こども叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな、ゆく道じゃ」という言葉は遠い昔母の口から聞いて知っていたけれど、今頃になってしみじみその言葉の深い味わいが分かる。若さとは無知で傲慢だったことよと思う。

私はたぶん「何とか世にはばかる」のくちで長生きする運命だろうと思うので、永さんを見習ってできるだけ明るく楽しく年取っていきたいと思ってはいるけれど、不出来な人間ゆえ愚痴も嘆きも出てしまうことだろう。勝手な言い草だけれど、どうぞ若い方たち、寛容な心でお許し願いたい。