よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

本多孝好著『正義のミカタ』

はーっ、おもしろかった!413ページの本を一気に読んでしまいました。この著者の名前は全く知らなかったけれど、何となく題名が気になって手に取りました。大して進学する人もいない程度の高校で、大変ないじめられっこだった主人公が一念発起して三流ではあるけれど大学に合格し、そこで友達や仲間を作り、正義の味方になっていきかける・・・お話です。

大学入学から5月くらいのほんの2か月かそこらの物語なのですが、主人公亮太の経験することや心の成長がめざましくて、読者はもっとうんと長い時間彼を見守っていたような気になってしまいます。

軽くてユーモアもあって楽しくどんどん読み進んでしまうのですが、いつの間にか読んでいる側も亮太と一緒に「正義ってなんなのか」と考えてしまいます。「ミカタ」は「味方」でもあり「見方」でもあるのでしょう。政治家の「国民のために」と同じで、「正義のために」という言葉も要注意ですね。大上段に正義のためと振りかざしてしまうと危険なことがどこかにするりと入り込んでしまいそうです。何が正しく、何が悪であり間違っているのか、世の中には白黒はっきりつけられないこともあるし、人の作る法の網の目をくぐって、違法ではないけれど人道的に問題あることをうまくやってのけている人もいるでしょう。

自分と似たにおいを感じる間(ハザマ)先輩が知恵を使って上中下の下の世界から必死に上の世界に這い上がろうとするさまを見て、優しい亮太は自分が進みかけていた正義の道に疑問を持ちます。この先輩の言葉は今の社会のありようを鋭く突いていて説得力もあるように感じます。でも何か違う・・・。私も亮太と一緒になってなんだかモヤモヤしました。そんなふうにして上にのし上がっていっても、きっと幸せにはなれないと私は思います。いえ、それで幸せになれる人もいるかもしれませんが、人は自分らしくあること、そしてその自分に自分が誇りを持てることがいちばん幸せなのではないでしょうか。

亮太の出した結論を褒めてあげたいと思います。物語の最後に電車の中で見せた亮太の勇気や、亮太のお父さんのようなちょっとした(本人にとっては死活問題になりかねないほど大変なことだけど)勇気こそが、大それた正義の味方より真に世の中を変えるものでしょう。爽やかな読後感。現実はこんな風には行かないかもしれないけれど、人生は自分の気持ち次第と改めて思わせてくれる気持ちのいい本でした。