よんばば つれづれ

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野党は共闘!

都議選の開票が始まった。都民ファースト過半数を占めそうだとのこと。明日の朝、永田町にはどんな風が吹いているのだろう。

 

今日豊橋では、野党共闘を進める市民グループが主催して、選挙区の野党4党の代表とグループのメンバーとの意見交換会を開催した。今年一月にグループが発足し、代表メンバーが各党の事務所を回って個別の話し合いはしたけれど、今日の一堂に会しての場は、やっと一回目を実現することができた。

 

それぞれの考え方や立場に多少違いがあっても、現在の安倍政権の国政私物化には一様に危機感を抱いている。とにかくこの一点で団結し、まずはこの独裁と暴走を止めなければならない。どの党も大いに応えたい気持ちは感じられたので、真の力強い野党共闘を生み出すのは、やはり私たち選挙民の側の本気度だと思った。

 

さて、東京都で自民惨敗となっても、勝利するのが小池氏では油断ならない。明日からもいっそう注意深く政治を見つめていきたい。

 

 

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辞書編纂の巨人二人の物語『辞書になった男』佐々木健一著

三浦しをんさんの『舟を編む』が、本屋大賞を受賞したリ映画化されたりして話題になったころ、「ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~」として、NHKBSプレミアムで番組が放送されたそうなので、ご覧になった方もいることと思う。その番組でディレクターを務めた佐々木氏が、番組の中では語りつくせなかったことも含めて、初めての著作としてまとめたのが本書である。

 

三省堂国語辞典」の編纂者見坊豪紀(ひでとし)と『新解さんの謎』で一大ブームを巻き起こした「新明解国語辞典」の編纂者山田忠雄。東大の同期生であり当初は一つの辞書を共同作業で作っていたこの二人が、ある時を境に不可解な決別をした。しかも山田先生は「新明解第四版」に、「時点」という語の用例として、その決別にまつわると思われる謎のような言葉を残していた・・・と、ミステリーのような書き出しで始まる。

 

まず、あまりにも辞書作りにのめり込んでいく対照的な二人の人物が興味深く、グイグイと物語に引き込まれてしまう。加えて、辞書の話だけに「ことば」についてのエピソードもふんだんにある。この二人の辞書以前は、どのような語釈が採られていたのか。辞書は世の中の「鏡」であり「鑑」だとするケンボー先生は、どのような語釈をかき、辞書は「文明批評」であると言う山田先生の語釈はどのようなものであったのか。こうした部分も非常に面白く、特に辞書は個性的であるべきと考えていた山田先生の語釈は実に挑戦的で、思わず手元の新明解国語辞典を開いてしまった。

 

へそ曲がりな私は、『新解さんの謎』が大変評判になっていたのは知っていたのだけれど読んでみようとはしなかった。普段その辞書を使っていて、「・・・の老人語」という表現が多々あって、変わった記述をしている辞書だとは思っていたが、分かり切った語を改めて引いてみたりはしないため、大胆な語釈の「恋愛」や「マンション」などは全く知らなかった。「辞書に求められるもの」という山田先生による序の文も、何十年間も手元にあったのに、今回初めて目を通した。ちなみに今私が使っている新解さんは、1989年発行の第四版である。

 

近頃は、すっかり手軽にインターネットで検索するばかりで、辞書を手に取ることはめっきり減ってしまった。塾をしていた頃に購入した大型のものなど、ヨッコラショと取り出すのも大変なので、もう何年も部屋の隅で埃をかぶっている。このところ人生のダウンサイジング!と随分書籍類も処分したけれど、使わなくても辞書は処分できずにいる。

 

子育て中も常に手近に国語辞典をおき、テレビなどで疑問に思った時も、子供に質問されて分からなかった時も辞書を引いた。結構辞書とは親しく付き合ってきたつもりだったけれど、それでも辞書についてあまり深く考えたことはなかった。

 

映画『舟を編む』で辞書の編集に携わる人々の苦労を知り、今回この本を読んで、「三国」「新明解」という代表的な辞書が、それぞれ一人の編纂者の努力で世に出たことを知った。しかも、言葉や辞書に圧倒的な情熱を持つ対照的な性格の二人の人間によって、出来上がった辞書にも相当な個性の違いがあることが分かった。

 

「ことばは不自由な伝達手段である」。新明解の山田先生の言葉だ。私たちは同じ言葉を話しているつもりだが、お互いの語釈は相当に違っているかも知れない。今日は自民党今井絵理子議員の「批判のない政治」という言葉から、若者と批判精神について書こうかなどと考えていたのだけれど、小田嶋隆さんのコラム「ア・ピース・オブ・警句」によれば、「批判」という言葉の語釈が若者と中高年とではかなり違っているらしく、簡単に語れないなと思い直した。

 

重要な役目を負いながら、長い間あまり世の中の表舞台に出ることの無かった辞書。その編纂者は、さらに日が当たることは少なかった。この本は見坊豪紀山田忠雄という言葉に人生を捧げた二人の偉人の生き方と、言葉というものの魅力に深く心を揺さぶられる、非常に感動的で興味深いものだった。

 

 

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大田元沖縄県知事の戦争写真集と映画『ハクソー・リッジ』

数日前の拙ブログ「ヒルデおばあちゃんの戦争体験」を読んでくれたからか、友人が元沖縄県知事大田昌秀氏編著の『これが沖縄戦だ』という本を持って来てくれた。私は今日、沖縄戦を描いた映画『ハクソー・リッジ』を観に行くつもりで、昨日のうちに上映時刻を調べたりしていたので、不思議な偶然を感じた。

 

メル・ギブソン監督の『ハクソー・リッジ』は、これ以上ないほどの激戦を描いているというのでいささか躊躇していたのだけれど、SPYBOYさんの映画評を読んで、やはりなんとしてもこれは見ておかないとと思い、出かけることにした。戦闘シーンはもう激しすぎて「なにがなんだか?!?!?」という感じでわけ分からなくて、意外にも目を覆うほどのこともなく過ぎた。

 

さらに私にとって救いだったのは、兵隊同士の戦いばかりで、子供や女性や年寄り、動物などが犠牲になるシーンは一切なかったことだ。そして見終わった後、しみじみ戦争は殺し合うこと、どんな理由があろうと決して戦争などで解決を図ってはいけないという思いに満たされるが、気分は暗くはなくむしろ穏やかな気持ちに包まれた。

 

映画についてはいつも素敵な紹介文で、表面を浅く見ることしかできない私など、自分で見るよりSPYBOYさんの紹介文を読むほうが深く理解できるくらいなので、ぜひそちらのブログを楽しんでいただきたい。

d.hatena.ne.jp

 

SPYBOYさんのようにこまやかに深くは見られないが、それでもやっぱり自分の目で見て自分で感じることは大切だ。

 

いっぽう、『これが沖縄戦だ』のほうには、子供、女性、老人、おまけに取り残された家畜まで登場する。「義烈空挺隊員」の無残な写真など、遺体は少年のように見える。調べてみるとトップの大尉でさえ26歳とあるので、配下の120名の中にはさぞ若い人もいたことだろう。捕虜になり米兵の訊問を受けている「鉄血勤皇隊員」など、どう見ても子供だ。

(それにしても、どちらの隊もすごい名前だ。日本の戦い方を如実に表している。どこやらのおかしな国と妙に似た臭いを感じる。)

 

先日大田昌秀氏が亡くなった時に、氏が二度とあのような悲惨な戦争を繰り返さないようにと、終生取り組んでこられた活動がニュースや追悼番組で紹介された。大田氏のように、影響力のある立場にあって、ご自身が体験し強い信念をもって反戦の発言をしてくださる方が、どんどん少なくなっていく。

 

72年の、ありがたい平和な時代に生まれて生きてきた私たち。せめて映画や本で先人たちの味わった地獄を、いくらかでも知る努力、想像する努力を続けよう。語りたくない、思い出したくもない過去だったであろうけれど、体験者がつらい思いをしながら語ってくれたからこそ、私たちはその一端であれ、知ることができるのだ。

 

それから、忘れてはならない現在も続いている戦争。昨夜はシリアのアレッポ反戦を訴え続けている少女が紹介された。

www3.nhk.or.jp

 

バナちゃんに、私は何ができるのだろう。

 

 

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 映画についてひとつだけ、蛇足ではありますが・・・

「除隊しろ」というセリフが何度も出てきて、どうしても言葉に引っかかってしまう私としては、気になってならなかった。

除隊:服役中の兵が、服役を解除されること

なので、「除隊する」は権限を持つ立場の人が部下の兵役を解く行為を意味することになる。映画の場合、自分から軍隊を離れるように言っている場面なので、「退役しろ」か、すなおに「隊をやめろ」といった言い方がふさわしいと思う。

まあ、近頃こういう使い方はよく目にしますが。

正義の味方じじばばの会

スタンディングの”言いだしっぺ”が呼びかけていた「正義の味方じじばばの会」が、今日第一回の顔合わせをして発足した。スタンディングという手法に限界を感じたことに加え、新たなグループで話題性を作り、メディアに取り上げてもらえたらという願いもあった。幸い「じじばばの会」という訴求力のあるネーミングも功を奏したのか地元の新聞に掲載され、今日の打合せには、その記事を見て連絡をしてきた新しい顔ぶれの参加もあった。

 

まず取り組むのは、リスクを承知の上で勇気をもって声を上げた3人の方の応援だ。

”言いだしっぺ”がフェイスブックで呼びかけた記事(写真も)

前川さん、東京新聞の望月記者、レイプ被害者の詩織さん、この3人の勇気ある行動をみんなで応援したらどうかと考えています。賛同者はきっと多いと思います。
愛知の豊橋で最近立ち上げた「正義の味方 じじばばの会」の企画として、各新聞社に取材、掲載をお願いする予定です。読者からのメッセージを募り、巨大ポストを街中に一時用意し、その場でもハガキを書けるようにとか。...

望月記者はいいとして、前川さんと詩織さんはどこにメッセージを送ったらいいかわかりません。どなたかご存知ありませんか?ヒントやアイデアでも結構です。

 

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近々このポスト持参で新聞社を訪問し、記事の掲載をお願いする。そのあと、七夕の7月7日から三日間ほど連続で街なかでこのポストを持ち、応援メッセージの投函を呼びかける予定だ。

 

良かったら、ぜひ他の地域でもこの活動を広げてほしい。声を上げた人を潰さない、政権の疑惑は粘り強く追及する、そうした姿勢を世の中に定着させていきたいと思う。

 

こいつぁいけねぇよう!ドラマ『ブランケットキャッツ』と「よんばばんち」

『ツバキ文具店』が終わってしまって寂しいなと思っていたら、そのあと番組で『ブランケットキャッツ』というドラマが始まった。原作は重松清さんで、主演は西島秀俊さんと7匹の猫(!)だ。一話完結で、毎回ゲスト出演があるらしい。

 

昨夜、初回の録画を見た。妻を交通事故で失った主人公が、妻が好きで飼っていた7匹の猫たちの世話をしながら、手作り家具店を営んでいる。妻がいるときはその猫たちの名前さえ覚えようとしなかったらしいが、現在の猫との接し方は非の打ちどころのないものだ。

 

彼は猫たちを溺愛している風なのだけれど、同時に里親の募集もしている。ただその条件は非常に厳しく、門前払いに等しい態度をとる場合もあるし、なんとか里親として合格となっても、猫との相性を見るためと称する二泊三日のトライアルを課す。そうして、毎回違う里親候補と猫と主人公の物語が描かれるようだ。

 

そのトライアルに出されるときに、それぞれの猫のお気に入りのブランケットがともに貸し出されることから、この題名が付いている。

 

前作と同じ、市井の人々の日常の機微をこまやかに描く物語だ。時間もゆっくり流れ、登場人物の心模様が丁寧に表現される。猫は時に彼らに抱かれ、時に主人公の肩に乗り、画面の中心にいない時も、ほとんどいつも背景にノンビリ映っているという、もう猫好きなら画面を見ているだけでもたまらない。登場人物たちがいい人すぎると思う人もいるかも知れないが、現実社会があまりに悪意の人に満ちているので、週末の夜、こんな穏やかなドラマで静かに過ごすのも悪くない。

 

 

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今日は6月の最終日曜日、「住み開き よんばばんち」の日だった。スタンディング仲間の音楽イベントとぶつかっていて、そのせいかどうか事前の申し込みも少なかった。おまけにあいにくの雨模様でもあるので、参加者は少ないかもしれないと覚悟していたが、蓋を開けてみれば5人の人が来てくれた。しかも初参加の人が2人いて、新しい分野の話題も盛り上がり、楽しい会になった。

 

フェイスブックで告知したのが、共謀罪法が与党の奇策で成立して激しく落ち込んでいた時だったので、「みんなでボヤキ会でも・・・」ということでテーマも決めていなかった。それから一週間経つかたたないうちに、また情勢は大分変化してきた。国民の知る権利のために声を上げた人たちを、応援しなければいけない。落ち込んでなどいられないという気分になった。

 

週が明けると、今度は14歳の棋士の活躍のニュースが世間を席巻するのかも知れない。どこかの国がまたミサイルを発射して、大げさに護身の呼びかけがあるかも知れない。それでもなんでも、私は忘れない。ごまかされない。

 

 

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今日の参加者が持って来てくれた花。

 

 

 

 

 

昨日の前川前文部科学事務次官の記者会見

前川氏と、会見を申し入れた側の双方の都合で、たまたま会見の日が昨日になったのだそうだが、沖縄慰霊の日であるうえに、都議選の告示日でもあり、さらに著名芸能人の配偶者が亡くなるという偶然が重なり、あまりこの記者会見を取り上げたニュースや情報番組はなかったようだ。いや、たとえこれらのことがなかったとしても、この報道は避けられてしまったのかも知れない。

 

youtu.be

 

前川氏の発言は、加計学園問題にとどまらず、現在のこの国のあり方をかなり広い範囲にわたって鋭く批判したものだった。そして非常に誠実で論理的で分かり易い内容で、木で鼻をくくったような、そうして聞いている側を侮っているような官房長官の説明とは対照的なものだった。

 

読売新聞のスキャンダル記事や、真っ先に前川氏のインタビュー番組を作っていながら、いまだに放送していないNHKの例などをあげて、このところの日本の報道の在り方に強い危機感を述べている。読売のスキャンダル記事については、掲載の前日に総理補佐官から、「言うことを聞けば記事を握りつぶしてやるぞ」と伝えたかったのであろうアプローチがあった(前川氏は無視)そうだ。(動画58分あたり)

 

仮想の敵を作って恐怖心をあおることで、国をまとめる手法の危うさまで言及し、現在の政権の特異さを国民に伝えようとしている。政権にとっては相当この前川氏は邪魔な存在だろう。この会見もおそらくあらゆる手段を講じて信ぴょう性がない発言だと言い募ることだろう。さらなる個人攻撃があるかも知れない。

 

私たちはこの前川氏や、先日官房長官をタジタジとさせた女性記者など、事実を国民の目にさらそうと努力する人を守らなければならないと思う。自分の生活が危険にさらされることも覚悟の上で、勇気を持って行動した人の思いを無にしてはならない。

 

民主主義がきちんと機能するためには、まず事実が伝えられなければならない。権力者に都合の悪いことが全て隠されてしまうのでは、私たちは正当な判断をすることができない。

 

前川氏が会見の最後に示した言葉。

「個人の尊厳 国民主権

文科省の後輩たちにと仰っていたが、私たち一人ひとりにとっても、とても大切な言葉だ。

 

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有益な情報が伝えられなければ、ただの昼寝に便利な箱になっちゃうよ。

あっ、いまは薄くなっちゃって、昼寝もできないんだね。 byドリーム

ヒルデおばあちゃんの戦争体験『月は昇りぬ』を読む

金曜日、国際協力コスモス会に参加した。今日は「ヒルデおばあちゃん」のお話を読んだ。ヒルデおばあちゃんから壮絶な戦争体験を聞いたのは、このコスモス会を設立した方の娘さんで、ドイツでソプラノ歌手をなさっている。そしてヒルデおばあちゃんはその方の配偶者のおばあちゃんだ。・・・と言っても、私はまだ入会して3、4年の新しいメンバーなので設立者の方も存じ上げず、こうした人物相関も先輩方から聞いた。

 

ritsukoguenther.hatenablog.com

 

今日の外国籍の参加者は、インドネシアが2人、バングラデシュと韓国の人が1人ずつだった。まだ来日して日が浅くあまり日本語の分からない人もいるけれど、滞在期間が長く日常会話にはほとんど困らない人もいる。それでも、やはり書き言葉は普段耳にしている話し言葉では聞くことの無い言葉が多く難しい。その都度やさしい日本語に言い換えたり、英語のできる人が説明したりするので、時間もかかり聞いている人の頭も疲れ、ブログの1回分を読み進むのがやっとだった。

 

今日読んだのはこの部分

ritsukoguenther.hatenablog.com

 

ご主人の仕事で2年前にアメリカに転居したメンバーが、お子さんの夏休みを利用して帰国中とのことで、久しぶりに参加してくれたこともあり、後半は自己紹介を兼ねた雑談になった。日本人のメンバーがリクエストに応えて歌舞伎のセリフを演じると、バングラデシュの人が自作の国を思う歌をバングラ語(ベンガル語)で歌ってくれたり、インドネシアや韓国の歌も披露されて、国際色豊かな楽しい会になった。

 

一か月に一回くらいの割合でこの「ヒルデおばあちゃんの戦争体験記」を読んでいくと、かなり長くかかりそうだけれど、筆者のギュンターりつこさんがブログの自己紹介で「その壮絶な内容はまさにドイツの歴史そのもの」と書いているように、これを読むことで、ヒトラーを扱ったものとは違う、ドイツの庶民の体験した戦争というものが見えてくるだろうと思う。またりつこさんの文章もとても素晴らしいので、少しでも多くの方に知ってもらいたいとも思う。

 

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