読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

陽気に誘われ散歩して、街の衰退を感じた

暮らし 社会のこと

今朝所用で出かけたのだが、あまりに天気も陽気もいいので、その帰り道ちょっと散歩がてら遠回りして帰ることにした。

 

おとといの雨と風で大分桜は散ってしまいあちこちの道が薄ピンクに染まっている。鼻のムズムズがなければ、もうこれだけで十分な幸せと思える美しい季節だ。

 

市民館の隣で、音楽教室も開いていた楽器店の入っていた建物を取り壊している。新しく建て直すのだろうか。それとも経営自体をやめてしまったのだろうか。長く続いていたけれど。

 

その少し先に喫茶店があるので、たまには一人でコーヒーを飲んで帰るのもいいか、と行ってみると、「3月30日をもって営業を終了致しました」という紙がドアに貼られていた。こだわり食パンのホットサンドが美味しいお店だった。以前まだ母がすぐ近くの施設にいた頃、見舞いに来た姉と母に甘いものを食べさせてあげようと、二人で母の車椅子を押して訪れたこともあった。

 

私がこの地に帰って来た時には確かもう営業していたから、20年以上続いていたと思うのだが、なにか突発的な事情で続けられなくなったのか、それとも営業不振になったのだろうか。張り紙には「コーヒーチケットの払い戻しには応じられません」とあった。常連さんは事前に知らされて使い切ったのかも知れないが、しょっちゅう来るわけではなかった人は、チケットが残ってしまったかもしれないな・・・などと他人事ながらつい心配してしまう。

 

この喫茶店の近くの和菓子屋さんも閉店してしまった。お店で甘味を食べることもでき、夏場は氷水の営業もあって、以前外出してあまりの暑さにへばってしまった時、あの涼し気な白と青のかき氷の旗を見て、ついフラフラと入ってしまったことがあった。

 

私は日常的に喫茶店のモーニングサービス(名古屋までを含めたこのあたりではモーニングの時間帯に喫茶店でコーヒーを注文すると、自動的にサービスでトーストやサラダ、ヨーグルトなどのデザートまでついてくることが多く、朝喫茶店に行く人が多い)を利用したり、一人で甘味処を利用したりする方ではないのであまり言える立場ではないけれど、こうして地域のお店が一軒、また一軒とやめていくのは寂しいものだ。

 

星の王子さま』の言う「砂漠に隠されている井戸」ではないけれど、この町のあそこにあんなお店があるとか、行きたくなったらそこに素敵なお店があると思えることが、どんなに人の心を豊かにしてくれているかということに、改めて気付く。

 

この間見学したホテルは、以前は西武百貨店(1971ー2003)だった。さらにその前は「丸物」(1932ー1971)という百貨店だった。自分自身ネット通販愛用者で、あまり地元商店街に貢献している方ではないので後ろめたいが、豊橋も中心市街地の衰退は激しく、一時期は駅前が携帯電話ショップだらけになり、今は居酒屋だらけになって、街に出る楽しみはもうほとんどない。

 

子供の頃、親が「丸物に行くよ」なんて言おうものなら、飛び上がらんばかりに嬉しかった。娘時代もメインストリートのブティックを見て歩くのが楽しみだった・・・。今はそのメインストリートも駅に一番近い一丁目辺りはまだ歩行者がいるが、二丁目でまばらになり、三丁目はもうほとんど歩いている人がいないような状況だ。

 

商店街の人たちもいろいろ工夫し、市としても中心市街地活性化を画策しているが、なかなかぱっとしない。思い切って市の中心から半径何キロメートル内は、特定車両以外乗り入れ禁止にでもしたらどうだろうと思う。

 

それでも、なにしろもう「物を持ちたくない」時代になっているのだから難しいかもしれないが、まだまだ「体験」にはお金をかけると思うので、街なかで楽しい体験ができるという業態を考え出せばもう少し活気が戻るのではないか。

 

物はもう十分あるけれど、お金を使いたくて仕方がない人は少なくないはず。なんとか詐欺やらに巻き上げさせないで、高齢者が街に出てお金を使いたくなる工夫を!

 

f:id:yonnbaba:20160409171200j:plain

アタシはとりあえずもっと美味しいものがもらえれば・・・。