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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

新年初の短歌会は『鶴亀』で

新年一回目の短歌の会。住宅地の中の落ち着いた日本料理のお店で優雅なお昼をいただいてからの勉強会だった。メンバーの中に舞いのできる方と謡いのできる方がいらして、以前の勉強会で先生がお正月にはぜひ『鶴亀』をと仰っていたそうで、今日はそのご披露を鑑賞するという幸運なおまけまであった。

 

御年88歳になられる先生は最近めっきり衰えが目立つようになって、体調不良でお休みになることもあれば、今日などはうっかりダブルブッキングをなさってしまい大幅に遅れていらしたのだけれど、随分前にリクエストなさったこの『鶴亀』のことは、楽しみにしていらしたのかしっかり覚えていらっしゃった。

 

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自分では覚えていないくらい小さなとき、日本舞踊を少し習ったらしいのだが、小学生の頃にはもうピアノだとかバレーといった洋物にばかり憧れて(憧れただけ)、日本の古典芸能を習おうという発想のなかった私には、こうしたものを身に付けている方が身近にいらしたことは大変な驚きだった。

 

舞いの方は50年ぶりくらいに舞ったと仰っていた。若い時に身に付けることのすごさをまざまざと感じる。今それを思い知っても、もう遅いのだけれど・・・。

 

お料理といい、『鶴亀』といい、今日は日本の良いものに触れて心の栄養補給ができた気分だ。帰り際、車に乗り込みながら「どんどん歌を作りなさいよ。いい歌を作られるから」と先生がお声をかけてくださった。やる気をなくしてしまわないように、駆け出しの私に気を使ってくださる先生の優しさが嬉しい。良い一日だった。

 

 

 

夕方は三日ぶりにスタンディングへ。金曜日だけれどギターもなく参加者も少なく(20人弱か)、少々寂しい。通り過ぎる若いカップルの男性の方が「あんなの自分たちのジコマンだよ」と相手の女性に言っているのが聞こえてきた。はい、自己満足です。この状況に何もしないでいたら、自分で自分が許せないから。でもやる以上やはり効果を出したいから、これからもいろいろ知恵を絞り、作戦を立てていこうと思う。