よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

幸も不幸も重なる

地中海で、シリアなどからヨーロッパへの移住を求める人たちの乗った密航船が沈没し、乗っていたおよそ500人が行方不明になっているそうだ。船を運航する業者と利用者の間でトラブルがあって、業者がわざと他の船を衝突させ沈没させた疑いもあると言う。

なんということだろう。命の危険を感じる状況から逃げ出すために、おそらく乾いた雑巾をさらに絞るような努力をしてその船に乗るお金を払ったのだろうに、かえってさらに危険な目に合ってしまうなんて・・・。

世の中は非情なもので、人の弱みにつけ込む輩は多い。住宅リフォームや高額布団を売りつける悪質商法の被害にあった人は、「お気の毒に・・・。今度は損したお金を取り戻しましょう」とすり寄ってくる、投資詐欺などの餌食になりやすいと聞いた。

泣きっ面にハチ、ということわざがあるけれど、一つつまずくと連鎖反応のように次々物事が悪い方に転がって行ってしまうことがある。なぜあの人ばかりに大変な苦労が続くのかしらと思うほど、次から次へと試練に襲われる人がいる。

いっぽうで、一芸どころか複数の分野に優れた才能を発揮する人や、事業で成功した上に書いた本まで売れてしまう人もいる。天は二物を与えずなんて言うけれど、世間を眺めると全然そんなことないじゃないか、と言いたくなってしまうような人が結構いる。そうした人に限ってさらにまた容姿まで端麗であったりする。人は生まれながらに不公平なのだ。

神様に文句の一つも言いたくなるが、でもちょっと考え方を変えれば、この時代の日本に生まれ合わせたということが、とてもありがたい幸運なのだと思う。このところ集中して戦争に関連する本を読んだりDVDを見たりしているので、よけいにそうした感慨を持ってしまう。

どんな苦労も、命さえあればいつかまた笑える日も来る。ほんの束の間でも、空の青さや花の美しさに感動することもできる。理不尽に命を奪われるほどの不運はないだろう。


銃弾の飛び交う日常から、安心して暮らせる世界へ羽ばたいたのに、あっけなく海に沈められてしまった人たち。ただ、たまたまシリアという国に生まれてしまっただけなのに。たとえシリアでも、平和な昔もあっただろう。平和になる未来も、たぶんあるはずだ。なのに、たまたま今の時代に生まれてしまった。

もし来世というものがあるのなら、多くの不幸を負った人は、そこでは二物も三物も与えられた人に生まれ変われますように・・・。