よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

懐かしのクッピーラムネ

夕方のニュースを見ていたら、名古屋で50年人気のラムネ菓子を作り続けている企業としてクッピーラムネの会社が紹介されていた。

あら、懐かしい。自分自身の子供時代の駄菓子ではないけれど、このラムネは長男の好物だった。基本的におやつは家で用意はしていたけれど、買い食いも子供の心の栄養と考えていたので、週に一度くらい、子供達にはほんの少しお小遣いを自由に使わせていた。

お小遣いを手にすると、近所の八百屋兼駄菓子屋兼雑貨屋、まあ早い話田舎の何でも屋さんに子供達は走り、しょっちゅうできることではないし、特に慎重派の長男などは悩みに悩んで買うものを選んでいたようだ。そうして数種類買って帰ってくる品の中に、このラムネがよく入っていた。


でも、今日テレビで見るまで私はそのラムネの名前が「グッピーラムネ」だとばかり思っていた。実際その紹介ビデオの中でも、初期の頃のパッケージが熱帯魚の絵で、それはエンゼルフィッシュだったのだけれど、当時の社長だったお父さんが間違えて「グッピーラムネ」と命名、グッピーは語呂が悪い(なんで?どこが?と私は思うけれど)からと、「クッピー」になったと現在の社長さんが話していた。ネットで検索しても「グッピー」でヒットするサイトもある。間違えていたのは私ばかりではなかったようだ。

そうして、現在はこの会社のラムネを使って他社で製造している、「クッピーわらび餅」や「クッピープリン」もヒットしているのだそうだ。うちの子供達が購入していたのは青森の片田舎の店だった。私は妻、母、嫁であり、さらに生活をかけて働かなければならず、人生でも最も忙しかった時期で、息子の買ってきたお菓子を目の端でとらえてはいたものの、手に取ってじっくり見ることもなく、まさかそれが自分の故郷の愛知県から来ている製品とは思いもしなかった。



いまでもスーパーに行くと駄菓子のコーナーがあって、赤やら青やらあか抜けないパッケージのこまごました商品が棚にいっぱい並んでいる。小さな子供専用のカゴを持って、子供達がどれにしようと迷っていたりする、かつての我が息子のように。10年後、20年後もこのなんとなくアヤシイ雰囲気を放つ駄菓子なるものは存在し続けるのだろうか・・・。社会がスッキリきれいになり過ぎて、闇やごたごたした部分がなくなると子供の想像力が育たない、という説があるけれど、駄菓子にも似たような役割があるような気がする。



懐かしのキャラクター。
絵柄も発注した印刷会社によって微妙に違うというユルサ!