よんばば つれづれ

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『銀漢の賦』葉室麟著 輝く愚直の人

銀漢とは天の川を表す言葉だそうだが、この本で作者はもうひとつ、頭に銀をいただいた漢(おとこ)つまり熟年の男性をもイメージしている。

3人の幼馴染の男が出てくる。一人は貧しい百姓たちの英雄として、頭に銀をいただくこともなく一揆の戦いの中で若くして死んでしまう。残る二人のうち一人は能力と機会に恵まれて家老にまで上り詰め、いま一人は秀でた剣の腕を持ちながらまるで上昇志向がなく下級武士のまま初老を迎える。

どなたかの書評を見て読みたくなり市民館にリクエストして手にした本ながら、前半は少々退屈であれ?失敗だったかなと思ったくらいだけれど、藩主に疎んじられ窮地に陥った家老が起死回生を図る後半はぐんぐん物語世界に引き込まれてしまう。

切れ者でどんどん出世していく男は将監、腕もたち土木工事でもだれよりも実直に働きながら立身に恬淡としている男は源五。二人の淡々としているようで深く互いを思いやる友情がとてもいい。周りの女たちもきついようでいざというとき優しさを見せるもの、弱そうで芯の強さを感じさせるもの、情の厚さで男を支えるもの・・・と、男たちのいぶし銀の輝きを増幅させるいい女ぞろいだ。

なぜか読んでいる間源五に『花神』の村田蔵六がしきりに重なった。がっちりした体躯、優れた能力を持ちながら無欲(村田蔵六桂小五郎に見いだされてどんどん出世するけれど自身は終始無欲)で、はがゆいほど女性に疎いなど共通点が多いように思う。司馬さんの蔵六も魅力的だったが、こちらの源五の愚直さにもとても心を揺さぶられた。

目から鼻へ抜けるような賢さでそつなく世渡りをするのもひとつの生き方だし、何事にも効率だのコストパフォーマンスだのと言われる昨今では、それが勝ち組への重要なパスポートかも知れない。けれども私は源五のように金や権力に執着しない、時に「愚直」と評されてしまうような生き方にひかれる。

物語では源五を世の多くの人は軽んじても、彼の身近の何人かはちゃんとその良さや真のすごさを理解している。そして苦労多くあまり報われることもなく初老の域を迎えた源五に、ずっと彼を見守ってきた優しく若い女が寄りそっていくことを感じさせる幕切れで、読者は愚直の人の穏やかで温かな今後を思い安堵する。

物語もいぶし銀の味わい・・・。