読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

34年後の私は・・・

昨日は母の健康診断の日でした。朝9時の予約だったので間に合うバスがなく、駅前からタクシーで母のグループホームまで迎えに行き、そこからまた町の中心部にある病院へ戻るような形になりました。昨年友人のクリニックにかかった時は車椅子でしたが、今回は車椅子がなくても大丈夫、そのかわり待合室からレントゲン室、採尿のためのトイレ、心電図室、診察室と、移動のたびに手引き歩行で結構時間がかかりました。申し訳ないなと思いましたが、看護師さんは優しくリードしたり待ったりしてくださるし、若いお医者様も優しくて、安心して診ていただくことができました。あとは一週間後に書類をいただき、新しい施設に提出して、受け入れ許可の決定が出るのを待つばかりです。

つつがなく検診を終えて、またタクシーでホームに戻りました。帰りのバスが1時間以上ないので、職員の方には目障りかも知れないけれど、デイルームで母と一緒に過ごさせていただきました。昨日は丁度母の95歳の誕生日だったので、ホームでは綺麗な散らし寿司でお祝いしてくださいました。午後にはみんなでケーキも作るというお話でした。


超高齢化の現代、テレビで90歳100歳でもかくしゃくとして現役で仕事をなさっている方を目にすることも珍しくなくなってきましたが、ホームには母よりずっと若くてもはるかに職員の方たちの手を借りて暮らしている方がみえます。私がデイルームで過ごさせていただいている間にも、トイレ介助のおりに、入所者にかんしゃくを起こされひっかかれたと言っている職員の方がいました。

どのように年をとるかはとても難しく、また病気の影響であれば自分の意思でいかんともしがたく仕方のないことでしょうが、できることならば世話してくれる方々に手を焼かせない、また好意を持って接していただける年寄りになりたいと願わずにはいられません。私はわがままな人間なので、理性のたがが外れた時がとても心配ですが、今95歳の母を見て、親子でだいたい似た道をたどるとすればまずまずかなと、少し不安が薄らぐ思いです。母の姿は34年後の私、こうして間近で学ばせてもらう分、私はさらにもっと良い年の重ね方をしていたいものだと思います。


消えてなくなってしまったものと思っていた、白いアマリリス
10年ぶりくらいに咲きました。こんなこともあるのですね。