よんばば つれづれ

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おちかが結婚し三島屋の百物語はどうなる?『あやかし草紙』宮部みゆき著

許婚者を自分と兄妹のように育った男に殺され、そのうえその当人も自殺してしまうという悲惨な事件を境に心を閉ざしたおちかは、叔父夫婦が江戸で営む袋物屋「三島屋」に身を寄せる。周囲の人々の愛情に包まれ、またなぜか店の黒白の間を訪れる客のふしぎ話の聞き手を務めるうちに、おちかが少しずつ本来の自分を取り戻していく物語、ご存じ人気シリーズ 『三島屋変調百物語』の第五弾である。

 

今回収録されているのは、 極端な塩断ちが元凶で行き逢い神を呼び込んでしまい、家族が次々と不幸に見舞われる「開けずの間」、 亡者を起こすという“もんも声”を持った女中が、大名家のもの言わぬ姫の付き人になってその理由を突き止める「だんまり姫」、屋敷の奥に封じられた面の監視役として雇われた女中の告白「面の家」、百両という破格で写本を請け負った男の数奇な運命が語られる表題作「あやかし草紙」に、三島屋の長男・伊一郎が幼い頃に遭遇した椿事「金目の猫」を加えた5つの物語である。

 

これまでのシリーズ(全部は読んでいないが)でも、話は恐ろしいもののけなどについて語りながら、人なら誰もが持つ弱さや性(さが)を描き、しかもその底にいつも人間への温かな視点があって、思わずほろりとしてしまう話ばかりだったが、今回もその魅力は変わっていない。

 

三島屋に来たばかりの十七の傷心のおちかも、はたちを過ぎやっと本来の自分を取り戻しつつあり、とうとう本作では彼女の婚礼が描かれる。しかも彼女は自分で相手のところに行き、「私を嫁にもらってくれ」と言うのだ。「あなたのばあやが言っていたような、よく笑う嫁になれるよう努めますから」と!

 

それなのに、私にとって本作で断然印象に残ったのは、おちかが訪ねて行った相手のお店、貸本屋「瓢箪古堂」の丁稚小僧さんなのだ。ヒロインで花嫁となるおちかでもなければ、シリーズおなじみの名バイプレーヤーの皆さんでもなく。

 

私にとって宮部みゆきさんの描く少年はとても魅力的で、たぶん一番初めに読んだ宮部さんの作品である『我らが隣人の犯罪』や、元警察犬である「マサ」が活躍するシリーズに出てきた少年は特に印象に残っている。ほかにも十代後半になるが『龍は眠る』や『魔術はささやく』など少年の活躍する作品は多い。そうそう、『ステップファザー・ステップ』のお神酒徳利のような双子の少年たちも忘れ難い。

 

けれどもそうした歴代の宮部作品の記憶に残る少年たちを蹴散らしてしまうほど、本作の少年の登場シーンは私にとって強烈なものだった。第4話「あやかし草紙」の465ページの半ばあたりに初めて登場する。

店の前では、暖簾と同じ瓢箪柄の前掛けをつけた丁稚が箒を使っていた。新太(よんばば注:おちかのつれている丁稚)より小さい子だ。北風にほっぺたも鼻の頭も真っ赤にしており、手の甲にも手首にも墨をくっつけている。

「ごめんください」

新太が声をかけると、丁稚の小僧さんは箒を放り出さんばかりにびっくりした。掃き掃除をしながら、何やら考え事をしていたらしい。

「は、は、はい!いらっしゃい!」

バネ仕掛けのからくり小箱の内のお人形のような可愛い小僧さんである。

おちかに若旦那はおいでかと聞かれると、丸い目をいっそう丸くして

「はい、はいはいはい!若旦那でしたら今は奥の書庫におります。少々お待ちを!」

暖簾をはね上げ転がるように店の中に入っていった。と思ったら、転がった鞠がどこかにぶつかって跳ね返ったみたいにすぐさま戻ってきた。

 

丁稚の少年は、東海道の宿場の名を順につけるという大旦那の決まりによって「丸子(まりこ)」と名付けられていた!

 

十歳の元気で健気な少年、鞠のような丸子少年に、すっかり魅せられてしまった。

おちかが嫁いでしまって、百物語はどうなるのだろうと、いささか気にならぬではないけれども・・・。

 

 

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