著者は1957年発刊の、ビルマ奥地の山岳民族に愛されて、ついには王位についたという日本兵の手記『カチン族の首かご』という本に触発されてこの物語を書いたという。
素朴な信仰、南の国、夢、などのキーワードでつながる5つの中篇が集まっている。そくそくと胸に迫る喪失感ややりきれない諍い。それらを突き抜けた先に現れるかすかな救いが、静謐さを感じさせる独特の雰囲気の中に綴られる。特に子供を亡くした母親の哀切さを描いた、第三章『ブーゲンビリア号の船長』が良かった。
著者は『カチン族・・・』にすっかり想像力をかきたてられ、なにかこれを戦争の痕跡などほぼ消えつつある現在の人々の暮らしにむすびつけて小説にしたいと考えたのだそうだ。長引く景気低迷のなかでリストラや就職難など、社会全体がムダを省くためにしめあげられ、日本列島のかたちさえ「ぎゅっとかたくしぼったタオル」にも見えてしかたなかったころに、著者は新しい東京タワー建設のニュースを聞いた。
雲の上にひょっこりとつきだした展望台。そこからながめるきらきらと輝く日本列島のまばゆいばかりの繁栄―、戦後の発展はなおも続いていくのか、もしかしたらわたしたちは長く甘い夢を見ているだけではなかろうか、バスタブのゴム栓のような栓がどこかにあってそれを抜いてしまったら、満々とたたえた美しい繁栄の夢はたちまち流れ去ってしまい、現実の底からたとえば終戦後まもないころの焼け野原が現れてくるのではないか
新タワーからの眺めを夢想するうちに、こんなイメージがあらわれて、第一章の『夢の栓』が書かれたのだそうだ。
読み終わると、きらきらと輝く現代に至る過程で、私たちが意識的無意識的にふり捨ててきてしまったものに思いを至らせ、穏やかさや温かさを感じながら暮らすためにはどうすればいいのかという思いにふけってしまう。