よんばば つれづれ

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媚びず頼らない十代が清々しい『お縫い子テルミー』栗田有起著

『お縫い子テルミー』

祖母と母のもと、学校に行くことなく、定住する家も持たずに育った照美は、15歳のときに南の島を出て、東京の歌舞伎町を目指す。そこでなら女一人でも生きていけると思ったから。

 

その街で女装の歌手シナイちゃんを知り、恋に落ちる。シナイちゃんは「流しの縫い子」を名乗る彼女の作るドレスを気に入り、部屋にも住まわせてくれるが、彼女の思いに応えることはしない。

 

照美を「テルミー」と呼び、照美が見たこともないようなうっとりする生地でドレスを作らせ、知り合いにもどんどん紹介してくれて、シナイちゃんの居候という生活は快適に過ぎるが、やがて自分というものを保つために照美はシナイちゃんの家を出て、本格的な「流しのお縫い子」生活を始める・・・。

 

照美の生い立ちがちょっと現実離れした設定のように感じるが、考えてみれば、現在の息苦しいばかりで、たいして生きていくための知恵も得られない学校というものから、このくらい自由になってみるのもいいのではないかという気もする。

 

歌だけが恋人というシナイちゃんも、思うようにならない自分の恋心をなんとか手なずけながら、16歳にして独立独歩の生き方を貫くテルミーも、ほれぼれする格好良さだ。

 

 

『ABARE・DAICO』(同時収録)

小松誠二は小学5年生。父親は3年生の頃からあまり家に帰ってこなくなり、4年生の夏休みには家にいないのが普通になっていた。通販会社の苦情を受け付ける係をしている母と二人で暮らしている。

 

誠二はチビで花粉症のためにいつもひどい鼻水をたらし、学校では目立たない存在らしいけれど、転校生でモデルのように格好よく、成績が良くて知識も豊富な水尾くんと仲良しだ。いつか水尾くんのように物知りになりたいと思い辞書を読むことを自分に課している。

 

一式7000円もする体操着をなくしてしまった誠二は、母に負担をかけたくなくて、夏休みに留守番のアルバイトでそのお金を稼ごうと思いつく。やっときた依頼で、ある家の留守番に通い始めるのだが、そのことがもとで大変な事態に巻き込まれる・・・。

 

もうすぐ11歳の誕生日を迎える少年の、ひと夏の経験と成長の物語なのだけれど、主人公の誠二少年が実に魅力的だ。日本の教育制度の中では「落としこぼされていく」側の子供なのだろうが、人間として素晴らしい。つくづく、子供の能力をスポイルしているのは周囲の大人だと思う。ただ、この少年の場合、学校の先生や父親はくだらないが、母親がちゃんと彼のことを尊重しているので救われる。

 

普通であることや、周囲と違わないことに縛られると、今の社会は息苦しくなってしまうことが多い。繊細で感受性の高い若い人ほど、そうしたことでもがき苦しんでいるのではないだろうか。近くにいる人が、つまらない常識にとらわれないで寄り添うことが出来たらと思う。

 

潰されるのではなく、だからと言って戦うのでもない。困難な状況のなかでも、しなやかに自分を貫いて前向きに生きる十代の主人公を描いた2篇が、心地よかった。

 

 

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