よんばば つれづれ

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面白かった村田沙耶香さんの脳世界

村田沙耶香さんという作家に興味を覚え、最近めったに読まないエッセイ集を読んだ。『となりの脳世界』。

 

自分ではない誰かの脳を借りて、そこから見える世界をのぞいてみたいなあといつも思っているという村田さんが、デビューから15年の間に、あちこちで書いたエッセイを集めて自分で読み終えた時、「あ、これが私の脳世界だなあ」と思って一冊にまとめたものだという。

 

コンビニ人間』の主人公ほど極端ではないが、それでもやはり村田さんはちょっと変わっていて、誰の生活の中にもありそうなことについて書いているのだが、視点や感じ方が独特で面白い。

 

でも、ほんの少しだが、たまに「あら、こういうこと私もある・・・」と感じる部分があって驚いた。私は自分自身が結構「普通」だと思っているのだけれど。

 

たとえば『年齢忘却の日々』で、村田さんは年齢を聞かれると、「たぶん38歳だと思います」という具合の返事になることが多いと言う。私も一時期自分の年齢がよく分からず、「今は昭和だと何年なので・・・」と生まれ年を引いて計算したりした(去年の入院を機に生まれ年を西暦で言うようにしたので、もうこの昭和換算は不要になった)。まあ、年齢など忘れて暮らしてもいいようなものだけれど。

 

『バス自意識過剰』も笑えた。村田さんは、地下鉄の最寄り駅まで必死に走っているとき、通り道にあるバス停に止まっている運転手さんが気になって仕方がない。「あ、この人このバスに乗りたいのだな」と思って、発車を待ってくれてしまうのではないかと心配になって、わざとラーメン屋の看板を見たり、花壇の花を見たりして急いでませんよというポーズを作ってしまうのだそうだ。私はここまでの演技はしないけれど、この気持ちには共感を覚えた。

 

最後の『楽園から始まる私へ』には、心を揺さぶられた。スリランカへの旅で計り知れないものを得たそうで、絞りに絞ってそのうちの3つを書いている。

 

一つ目は「からだ」に対する意識の変化。仕事に追われて毎日同じようなものを貪り、野菜不足をサプリメントで補うような生活をしていたが、「からだ」の声をちゃんと聞いて、生きものとしての自分と向き合うというふうに変化したそうだ。

 

二つ目は風景の見え方で、これはジェフリー・バワの建築との出合いが大きく影響しているという。三つ目は食べ物も遺跡も未知のものなのに、なぜか懐かしい「戻っていく」感覚だったという。この旅から始まった自分が確かに存在する、と感じているそうだ。スリランカへの興味を掻きたてる文章だ。

 

村田沙耶香さんの作品の、ちょっと奇異で不思議なんだけれど、なんだか可愛らしくて愛しい・・・、そんな魅力が生まれる謎が、少し分かった気になるようなエッセイ集だった。

 

 

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蛇足だけれど、先日の『とっぴんぱらり・・・』には「京に魚たくさん売っているのを見て」とあったし、今回の『となりの・・・』には「おいしそうな食べ物沢山売っていました」とあった。一般の人ではない、プロの作家の文章なのに・・・。これでも校正で赤を入れたらいけないのだろうか。