よんばば つれづれ

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胸躍る冒険と浪漫そして鋭い金融資本主義への批判『遺産』笹本稜平著

内航貨物船の船長だった父を15歳の時海難事故で亡くした興田真佐人は、自身もこよなく海を愛し、理解ある大伯父の支援を受け水中考古学を専攻する。しかしそれで食べていくことはできず、豪華客船内のダイビング教室のインストラクターや、堪能な英語やスペイン語の語学力を生かして通訳などのアルバイトをして暮らしている。

 

父の葬儀の時にやってきた一族の長老の大伯父に、真佐人から二十代ほど遡った江戸時代初期に、興田正五郎という、やはり海に生きた先祖がいたことを知らされる。

 

その正五郎は人並み外れた船乗りの素質をさらに大変な努力で伸ばし、大航海時代のスペインのガレオン船アンヘル・デ・アレグリアの筆頭航海士(現代の船長)に抜擢される。けれどもその船は、不運な天候と海図にない島との遭遇などの運命に翻弄され、太平洋を横断する航海の途中で沈没する。

 

アルバイトをする豪華客船の中で知り合ったスペインの大富豪や、アンヘル・デ・アレグリアの詳細を書いた古文書などとの出合いを経て、真佐人はその沈船を引き上げるプロジェクトに加わることになる。

 

主人公たちのチームは、あくまでも水中考古学の研究・発展のために、船体そのものを引き上げようと奮闘するが、一方で船の中の金目の積荷のみの回収を目指す、墓泥棒とも言うべきアメリカの大企業のチームがいる。

 

こうしてアンヘル・デ・アレグリアをめぐって、国家を巻き込んだ双方の丁々発止の引き上げ合戦が始まる。

 

本作は550ページという分厚さの上、開いたページの半分は白いのではないかと思われるような、会話や段落替えを多用した作品の多い昨今には珍しく、ページがびっしりと活字で埋まっている大作だが、冗長さを感じることは少しもなく、主人公と一緒に、敵との駆け引きや海での冒険に立ち向かっている気分になり、夢中で読み進めた。

 

アンヘル・デ・アレグリアの優美な姿を想像してうっとりし、正五郎の人としての気高さや潔さに胸を揺さぶられ、脇の人物まで含めて登場する人々がみな魅力的で、人生とは、生きるとは・・・と考えさせられる。

 

投資ファンドをバックに持つ強敵「ネプチューン」を通して、現代の金融資本主義に対する強烈な批判も織り込まれていて、単なる冒険活劇にとどまらない、非常に読みごたえのある作品になっている。

 

 

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