よんばば つれづれ

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歴史上の人物に魅力的な肉付け『書楼弔堂 炎昼』京極夏彦著

この作品はシリーズ物で、この前に『破曉』という作品があるらしい。ならば、このあと夜を副題にした第三巻が出るのだろうが、『破曉』から『炎昼』まで3年間あるので、次巻の出版は2019年あたりになるのだろうか。

 

実は私は先の作品を読んでいないのだけれど、本作を読み進めるにあたってなんら問題はなかった。ただ、この作品が面白かったので、ぜひ『破曉』も読もうと思う。

 

舞台は不可思議な弔(とむらい)堂という名の本屋である。「楼」と謳っているように、まるで櫓のような陸燈台のようなひょろっと高い建物らしい。そんな変わった建物ならば非常に目立ちそうなものだが、今作通してのヒロインである塔子は、たびたびその店を見落としてしまう。周囲の風景に馴染み過ぎているためというのだけれど、なにかこの世の実在の店ではなく、空間のゆがみから入り込んだ異次元の場所なのではないかと感じさせる。

 

その不思議な本屋には、さらにまた興味を掻き立てる店主と丁稚がいる。元薩摩藩士の厳格な祖父から「女は学問など不要、本も読むべからず」と躾けられている塔子だけれど、ひょんなことからその弔堂を知り、本を読む楽しさを知り、折にふれ出かけていくようになる。

 

そして訪れるたび、そこでさまざまな悩みを抱えている客人と出くわす。行く道の途中で出会い、塔子自身が案内していくこともある。その客人たちは、現代の私たちなら誰もが知っているような歴史上の人物なのだ。物語の登場時にはいまだ無名の人もいれば、すでに国家に大きな影響を与えうる立場の人もいる。読み進むうち、あ、これはきっとあの人のこと・・・と推測のつく人物もある。登場して瞬時に分かるような人もいる。

 

それらの歴史上の人物の描き方がとても魅力的だ。とりわけ「変節」に登場する十二、三歳のハルさんという聡明でハキハキした少女と、「無常」に出てくる優柔不断でやたらとやっかいなことから逃げたがる老人(じつはそれほど老人でもないのだが)「なきと」氏が印象深い。

 

店主、丁稚、塔子とともに、もう一人の全編通しての登場人物である東京帝大生の松岡という人物も、物語の最後で「ああ、この人だったか」となる。

 

物語の時代は徳川の瓦解から20年ほどのころとなっているが、店主と客人が語る政治状況や社会状況が、今のことを言っているのか?と感じてしまうようなところもある。相手の悩みや問いかけに応じる、還俗して「書物の菩提を弔っている」という店主の恐ろしいまでに鋭い洞察や理論も、心に深く響く。

 

500ページを超える長編であるけれど、面白くてあっという間に読了してしまった。章ごとに牧野富太郎氏の植物の絵があしらわれた、菊池信義氏の美しい装丁も魅力的な本である。

 

 

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