よんばば つれづれ

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日航は沈んだけれど『沈まぬ太陽』山崎豊子著

多くの方が「今頃?」とお思いかもしれない。けれども、なぜか私は山崎豊子さんの作品を手にしたことがなく、この作品が初体験。映画やドラマもほとんど見ていない。唐沢寿明さん主演版のドラマ『白い巨塔』をかなり遅れてウェブサイト上の動画で見たのと、数年前の日曜劇場『運命の人』を数回(途中脱落)見たくらいだ。

 

膨大な取材調査の上に、鋭い切り口で社会の問題をとらえた方の仕事に触れないのはもったいないのではないかとの思いで今回手に取った。分厚い文庫本が5冊、ふえっという気がしたけれど、いざ読み始めると面白くて面白くて止まらない。またたくまに読破してしまった。

 

「面白くて」と書いたが、主人公家族以外出てくる人物は、大半がこれでもかというほど金や権力に意地汚い腐った人間ばかりで、読んでいて胸が悪くなりそうだった。しかもそれが食べるのに困っている訳でも何でもない、政界官界のトップクラスの人間たちや、日本航空(作中では「国民航空」)という当時親方日の丸の国を代表する大企業の上層部の人間たちなのだ。

 

いま巷は豊洲問題やオリンピック施設関連の問題でかまびすしいけれど、こうしたことの裏にも様々な利権や金が絡んでいるのではないかと思われる。新潟の知事選はほっとする結果だったが、原発にしろダムにしろ、日本ではいったん動き出したものはどんなに問題があってもなかなか止まらないというのは、その裏ですでに大変なカネが動いてしまっているため、止めたら収拾がつかなくなるためではないかと勘ぐってしまう。

 

でも、その大物たちのフトコロに入ったお金は、もとをただせば人々が納めた税金であり、電気料であり、商品代金なのだ。何十年たっても同じことが繰り返され、相も変わらず政治とカネにまつわる事件はきりがない。

 

 

沈まぬ太陽』の舞台は先にも書いたように日本航空をモデルにした「国民航空」という企業だ。そこではまるで悪事のオンパレードのように立場を利用して私腹を肥やし、企業の思惑で作られる新しい労組の上部は、上に倣って(?)組合員の会費まで利用しつくす。

 

主人公は空の安全のためには従業員のきちんとした待遇が不可欠と考え、経費削減のため不当に人件費を抑えようとする経営側と鋭く対立する。正義感が強く人望もあり仕事もできるがために会社側にとっては脅威の存在で、中東、アフリカを10年も盥回しするという不当差別にでる。再三「組合とは一切手を切る」と言いさえすれば日本に戻してやると言われるが、自分のあとをついで旧来の労組で会社と対峙している後輩たちを思うととても裏切ることなどできないと、主人公は家族も犠牲にして自分の節を通し続ける。

 

社内で孤立無援に近い状態だった主人公だが、やがて御巣鷹山で墜落という史上最悪の航空機事故後の危機を乗り切るため、首相が拝み倒して、国見(モデルは鐘紡会長)という会長を送り込んでくる。この人がのちに政府にとっても計算外の脅威となるほどの清廉の人物で、主人公は初めて上司から人間的な声を聞いたと感じる。

 

 

第三巻は『御巣鷹山篇』で、日航(小説では国航)ジャンボ機の墜落事故の様子が生々しく描かれ、奇跡的生存者に対する当時のマスコミの過熱ぶりなども思い出した。マスコミもあまり進歩していない(つまり受け手も・・・)と改めて痛感。

 

墜落までの時間の恐怖や、突然家族を失った遺族の方々の悲しみ苦しみ、損傷遺体の確認の想像を絶するようなむごさ、そしてそれらに加えてさらに補償にまつわる苦しみなどなど、ただ第三者でニュースを聞いていただけでは想像もできなかったことも多かった。

 

片方に額に汗することなく大金を私する輩がいて、片方にはそうした者たちのために苦しむ人々がたくさんいて、読んでいてずっと苦しかった。ひたすら、主人公や国見会長が勝利して、遺族の方々も少しでも悲しみが癒されるようにと祈る思いでページを繰った。だから、精神を病んで自殺した社員の告発のノートから地検が動き出す描写はあるものの、主人公が再びアフリカに飛ばされる場面で終わったのは少々物足りなかった。

 

ネットで調べると、実際に会長は任期途中で辞任しているし、主人公のモデルとなった小倉寛太郎氏は会長室勤務のあと再度アフリカに赴任している。著者自らが「事実に基づき、小説的に再構築した」ととびらに記しているが、結末も都合よく読者の溜飲の下がる形にはしたくなかったのだろう。

 

このあと実際の日航は民営化されたけれど、JRのようにはいかなかったのは周知のこと。

 

 

それにしても、作中の登場人物たちの精神の腐り具合・・・。それほどまでに金や権力は魅力的なのだろうか。幸か不幸かどちらも縁がなく一度も手にしたことがないので、その魔力がさっぱり分からない。こういう人間に正義だの使命だのという高邁なことを求めてもとうてい無理だろうけれど、せめて想像力や共感する心を少しでも持ち合わせていたら、これほどの非道はできなかろうにと思う。本さえ読めば、自分とは無縁の下々の苦労も少しは想像することくらいできそうなものだけれど・・・。

 

作中に出てくる、ニューヨークのブロンクス動物園にある「この世で最も危険な動物」という檻。覗き込むと檻の中には鏡が設置してあって覗いた人間が映り込むようになっているのだそうだ。まさに!

 

 

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