よんばば つれづれ

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今野敏著『隠蔽捜査』は堅物男、竜崎の魅力

今この瞬間も、熊本では不明者を必死で捜索してくれている消防隊員や警察官や自衛官がたくさんいる。市役所で役場で、自分のことは後回しで懸命に働いている公務員がいる。

 

どうしてもニュースなどの表面に出てきて公務員が目立つのは、不祥事であることが多い。テレビドラマに出て来る刑事は縄張りだの担当だのでいがみあっているし、偉い人は立場を利用して悪いことばかりしている。確かにそうしたやからは後を絶たないかも知れないけれど、おそらく大部分の公務員はごく真面目に自分の職務をこなしていることだろう。

 

今野敏『隠蔽捜査』の主人公竜崎伸也も、組織の機能の仕方に問題があったり、上層部の一部に問題があったりはしても、全体として警察という組織を信じ、現場で働く人間たちを信じている。学歴や地位でなく「合理的」にその人の言動とまっすぐ向き合う竜崎は、始めは誤解されることも多いが、徐々に味方を増やし信頼を築く。男同士の、立場をわきまえ敬意を持ったチームワークが形成されていくさまも気持ちよい。

 

 

今回体調を崩して、ひたすらのんびりしていたので時間はたっぷりあったけれど、活字を追う気がせずまったく読書はしなかった。したがってこの本も体調を崩す前に読んだものの、感想を書かずにいたものだ。先月市民館でこのシリーズの4と5があるのを見つけ、前半がないけれどテレビドラマがあまりに面白くて原作を読みたいと思っていたし、おおよその登場人物や設定などはそのドラマのお陰で分かっているので、問題ないだろうと判断して借りてみたのだ。

 

案の定、物語の基本の経緯は掴めているのですんなりと話に入り込めた。ただ、『隠蔽捜査4・転迷』は、竜崎の魅力は良く描けていて面白かったけれど、事件そのものは変化や動きが少なく、竜崎が一人で推理して解決してしまった感じで少々物足りなかった。

 

その点、『隠蔽捜査5・宰領』のほうは、事件も思わぬ展開を見せて最後までハラハラさせて気が抜けないし、竜崎一人でなく、組織として事件に対処する様子が、警視庁と神奈川県警の確執も巻き込んで非常に面白く描けていた。

 

この物語の圧倒的な魅力は、竜崎伸也という合理的思考の権化のような主人公の存在だ。融通とか人情とかいったことがまるで通用しない堅物でもある。一般的にこのような人物は、主人公の周囲に登場してくる「嫌なヤツ」として描かれることが多いと思うが、それを究極まで人間味のない理屈屋にした末に、物語の中心に据えてしまった意外性と思い切りの良さがこの作品の真骨頂だろう。

 

面白みのない嫌なヤツのはずなのに、なぜか竜崎は憎めない。誰が相手であろうとズケズケと押し通す正論に、なぜかニャッと頬が緩んでしまう。それは彼の主張は物事を解決するために合理性を求めればこその主張であり、そこに個人的損得という思考がかけらも入ってはいないからだ。

 

国家公務員は徹底して国家のために働く。そこに非合理的な思考や行動があっては国に損失を与えてしまう・・・と竜崎は真剣に考えている。こんなにも優秀でコスト意識に燃える公務員ばかりを持てたら、タックスペイヤーたる市民はどんなに幸せだろう。最初に、大半の公務員は真面目に働いていると書いたが、もしかすると、「真面目だけれど凡庸」か、「優秀だけれど狡い」のどちらかであることが多いのが現実なのかもしれない。もしそうなら、それは「優秀で真面目」な人が正当に評価されないことが多いということの証かもしれない。竜崎も、正直すぎるために降格人事にあっている。

 

 

この作品がテレビドラマになった時は、月曜日8時のパナソニックミステリーシアターの枠だった。この枠が現在はもうなくなってしまったけれど、TBSの他のドラマ枠でなんとか『隠蔽捜査』の続編を作って欲しい。そもそも渋いおじさんばかり出て来る骨太の刑事ものであるこの作品は、8時なんて家族タイムよりも9時10時から大人がじっくり見る方がふさわしい作品だったのだ。俳優陣も演技派ぞろいで、NHKの『64(ロクヨン)』といい勝負といってもいいくらい引き締まった良い作品だった。竜崎を演じたのは杉本哲太さん。渋い脇役としての作品は多々あるが、主演はあまりないと思うので、『隠蔽捜査』は彼の代表作と言ってもいいと思う。

 

 

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