よんばば つれづれ

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『中野のお父さん』北村薫著

まず最初に私の無知と粗忽さを暴露せねばならない。

 

マークスの山』のあの薫さん、こんな軽快なものも書かれるんだ・・・と驚いた。でも、あまりにも違い過ぎる・・・。それもそのはず。あちらは高村薫さん。こちらは薫さんは薫さんでも北村さんだ。とんだ勘違い、どちらの薫さんにもお詫び申し上げます。

 

『ビブリア古書堂』シリーズもそうだけれど、本を取り巻く界隈を舞台にした物語は、もうそれだけでも本好きにとっては心が弾む。

 

この本の主人公は出版社に勤める若い女性。時間の不規則な仕事のために一人暮らしをしているが、中野の実家には、定年間際でお腹が出て、家ではパンダのようにゴロゴロしているただの《オヤジ》の父がいる。でも、この「ただのオヤジ」が、けっこうスゴイ人なのだ。娘の持ち込む本にまつわるさまざまな謎を、快刀乱麻を断つごとく見事な推理を披露する。年の離れた恋人のようなカッコイイお父さんもいいかもしれないが、こういう知的頼り甲斐のある父親も素敵だ。

 

オール讀物」に連載された作品をまとめたもので、それぞれ独立して楽しめる8つの短篇からなっている。どの話も面白いし、ふくらませれば充分1冊のミステリーが書けそうなものもあるが、俳句の解釈がからむ「闇の吉原」、志賀直哉尾崎一雄師弟にまつわる「謎の献本」などが特に興味深かった。

 

サラッと軽く楽しく読みながら、知的好奇心も適度にくすぐられる。さらに、主人公を取り巻く職場や家庭の人間関係が心地よい。父親と娘の、甘くなりすぎない仲の良さと、程よい距離を取ってそれを見守っている母(ちょっと「お母さん」の影は薄め)。仲良しの父娘をこんなに淡々と眺めていられるのは、きっと夫婦仲もいいんだろうなと推察される。そして、ちょっぴり出っ張ったお腹には、本にまつわる雑学がビッシリ詰まっているに違いない、この素敵な《オヤジ》の先生に国語を教わったら、きっととびっきり楽しいだろうな、と思う。

 

 

いまどきなら「とんでもございません」と来ても不思議でないところが、ちゃんと「とんでもないことでございます」となっているし、新しい本にありがちな気になる言葉遣いも全くなく気持ちよく読めた・・・と思ったら、著者は当初、高等学校の国語の教師をしながら、覆面作家としてデビューしたのだそうだ。なるほど・・・。ぜひほかの作品も読んでみたい気持ちになった。

 

古いものも新しいものも読みたい本ばかりで、目さえ大丈夫なら、長生きしても退屈する心配は全くなさそうだ。

 

 

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