よんばば つれづれ

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宮本輝さんのエッセイ『いのちの姿』

宮本さんの小説は大分読んだけれど、エッセイは初めて。そもそもエッセイというジャンルの作品をこのところ避けていたのだが、どなたかのブログでこの書評を読み興味を持った。

 

とても良かった。とりわけ冒頭の数編は親子兄弟といった家族の情愛と、血のつながりといったことをしみじみ考えさせ心に沁みる。

 

『兄』で描かれる母が前夫との間に産んだ異父兄への思い。後ろ姿に声までかけながら、その人が振り返ると同時に走って逃げるという結末の描写が見事だ。

 

『星雲』ではシルクロード(もしかすると、私の好きな作品『草原の椅子』の取材で行ったのかな・・・と思う)の小さなホテルの十六、七歳とみえるたったひとりの女性従業員を書いている。

 

思いがけなく多くの宿泊客を迎えて忙しく立ち働く少女。外ではその少女の弟と思しき少年が泣いている幼女をなだめながら待っている。バスの遅れで客も、交替するはずの従業員も到着が遅れ、少女は残業になっているらしい。やがて姉がホテルの裏口から小走りでやって来て、仔犬がじゃれ合うようにして去って行く3人の様子を描写して終わる。ほんの何ページかの短い文章の中に、温かな素晴らしい贈り物が包まれていて、幸せな気分になる。

 

『ガラスの向こう』では、子供の頃近所にあったお好み焼屋が舞台だ。突然そこの老夫婦が消え代わりにいかにもワケアリな男女がやって来ておでん屋を始める。ある日どこかで喧嘩でもしたか恨みを持つものに襲われたか男は大怪我を負い、意識が戻らないまま息を引き取る。その時女のお腹には子供がいた。それを著者の父親が子のない豆腐屋の夫婦に斡旋する。その子は大切に育てられ、大手建設会社に就職、婚約者もいた35歳の時に阪神淡路大震災で死ぬ。享年は実の父親と同じだった・・・という話。

 

豆腐屋夫婦にもらわれた子が愛をいっぱいに受けて育つ様子が微笑ましい。それだけに、天災によって突然若くして命を絶たれる不条理に心が痛む。震災さえなかったらどんなに温かな家庭が紡がれて行っただろう。また、もし著者の父上のお節介がなかったなら、どんな不幸が連鎖していったことか。考えさせられる。

 

『人々のつながり』では著者が25歳でパニック障害にかかって会社勤めを辞めざるを得なくなり、やがて生活のために和泉商会という小さな建築金物の会社で働いた話だ。忙しすぎて小説を書く時間が取れないため結局二か月ほどで辞めてしまうのだけれど、そこから不思議な縁が繋がって、和泉商会の社長さんが終戦時北朝鮮から引き揚げた時のことを記録した手記が宮本さんに託されることになる。そしてそれを読んだ著者は、その内容をちょうど書き始めていた小説『水のかたち』のなかに嵌め込むことを決意する・・・というもの。

 

北朝鮮からの引き揚げ(しかも例の少ない海路だという)の話に興味が湧き、ぜひ『水のかたち』を読んでみたくなった。おととし『睡蓮の長いまどろみ』を読んで少々がっかりし、「もう宮本さんの作品は読まないかも・・・」と読書記録に書いていたけれど、このエッセイを読むことで宮本さんを見直すことができた(偉そうな表現でスミマセン)。

 

『いのちの姿』に導いてくれたブログ仲間の書評に感謝します。

 

 

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f:id:yonnbaba:20150603103143p:plain どちらもアマゾンのサイトより