この前のアンソロジーはちょっとガッカリの巻でしたが、今回は佳作揃いで楽しい読書となりました。
収録作品は、
夢の香り 石田衣良
父とガムと彼女 角田光代
いちば童子 朱川湊人
アンタさん 阿川佐和子
ロックとブルースに還る夜 熊谷達也
スワン・レイク 小池真理子
コーヒーをもう一杯 重松清
何も起きなかった 高樹のぶ子 の8編です。
コーヒー会社のウェブサイトで公開された作品を、改編して単行本化したものだそうです。さすがに香りを素敵に扱っています。嗅覚は記憶と密接につながりやすい感覚器官だそうで、誰にも懐かしい香りの記憶の一つや二つはあるのではないでしょうか。この本を読むことで、そうしたそれぞれの記憶も刺激を受けてよみがえって来そうです。
『夢の香り』ヒロインが香りを手掛かりに、理想の男性を見つけるまで。ベタなストーリーとも言えますが、素直に楽しめます。
『父とガムと彼女』両親が離婚し父と暮らす娘。シッターをしてくれた女性が実は父の愛人だったようなのですが、母に問うと一笑に付し、自分の考え過ぎだったかと思うのですが・・・。娘と母とシッターだった彼女の、女三人の乾いた描き方が快い。
『いちば童子』古い屋敷に座敷童がいるように、市場にはいちば童子という守り神がいるんやと言うおばあちゃん。じゃあ、自分が見たあの子供は・・・。ちょっぴり猫も絡んで、ホノボノするおはなし。
『アンタさん』阿川さんの願望?妄想?こういう男性と出会えなかったためにいまだ一人でいらっしゃるのですか?アンタさんみたいなタイプの男性が、もっと恋物語で描かれてもいいですよね。書き手の力量でこんなにも魅力的になるのですから。
『ロックとブルース・・・』青春時代の甘酸っぱい恋の思い出。若気の至り、偶像に恋していたのだと思ったとたん、意外にも現在に繋がってくる終わり方に余韻が・・・。
『スワン・レイク』突然逝ってしまった最愛の人。ふと見つけた古いビデオテープを見ることで、やっと前を向いて生きなおす力を得ていくヒロイン。水や雪の香りになぐさめられて。
『コーヒーをもう一杯』狭い6畳の彼女のアパートで、洗濯機もないのにコーヒーミルを買って同居するふたり。やがて彼女は就職の時期を迎え、親の意見に従って故郷での就職を決め去って行きます。お互い痛いほど分かっているのに言いだせない聞けない「別れ話」。コーヒーが、ミルクと砂糖が、重要な脇役を演じます。
『何も起きなかった』ヒロインは高校の先輩と結婚しています。キャリアウーマンとして生きる高校時代の親友が、自分の夫と不倫をしているらしい。昔、「匂いのあてっこ」で競い合った女二人の、本心を隠した意地の駆け引き・・・。女ってコワイ。
すぐ読めてしまう短編ばかりなので、ちょっとブレイクしたい時、薫り高いコーヒーとともに楽しんでみてはどうでしょう。