よんばば つれづれ

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『模倣犯』宮部みゆき著

ずっと気になっていた作品。でも犯罪は残酷そうだし、それ以上に作品のボリュームが問題だ。宮部さんの作品はたいてい夢中になって一気に読みたくなってしまうので、勤めていた時にはあえて手に取らずにいた。七百数十ページ、しかも二段組みで2巻、これだけをまとまって読む時間はなかなか取れない。

その『模倣犯 上・下』が、先々週市民館に行ったら本棚に並んでいたのだ。これだけの分厚い本が2冊隣り合っているのだから、どうしたって目に飛び込んでくる。「読みたい!」と思ったけれど、絶対読み始めたら止まらなくなるに決まっているので、その時は我慢した。

そして先週、先々週借りた本を返却に行ったときとうとう我慢しきれず借りてしまった。予定の少ない週でもあるし、のめりこんでもいいか・・・と覚悟を決め、凄惨そうな点は宮部作品なのだから必ず救いがあるはずと信じることにして。



面白かった。寝る間も惜しんで数日で読んでしまった!大変な話題作だったし映画にもなったし(映画は駄作だったようだが)いまさら感想も間抜けかも知れないが、記録もかねて書こうと思う。

早い段階で読者には犯人が分かってしまうが、完全無欠のような主犯を誰がどうやって追いつめるのかという興味はずっと続く。そしてそれ以上に長い話を飽きさせずに読ませるのは、宮部さんお得意の人物を描く力だ。

被害者側、加害者側かなりたくさんの登場人物が丁寧に描写される。そしてその中で犯罪のむごさというものも読み手の心に強く迫ってくる。被害者やその家族はもちろん、加害者の家族が陥る運命の過酷さも。『正義をふりかざす君へ』でも描かれていたマスコミの過熱、過剰報道の問題や、それに群がる大衆の無責任な覗き見嗜好など広く深く考えさせる。

たくさんいる登場人物だが、とりわけ魅力的なのが被害者のうちの一人の女性の祖父で町の豆腐屋をしている有馬義男だ。戦争体験者であり、ひたすら実直に生きてきたこの人が知力も財力も人気までもある犯人に対して言う、「(あんたは)人でなしだ。ただの人でなしの人殺しだよ」という言葉はなんと重く強いことか。犯罪捜査や類似の事件の再発を防ぐためには、専門家がプロファイリングしたり、様々な方向から分析したり論評したりすることも必要だろうが、一般市民、人の子の親たちには、このシンプルな論理こそが大切だ。

子どもに理屈で勝とうとか押さえ込もうとする必要はない。駄目なものは駄目なのだ。私たちが豊かになってくる過程で失くしてしまった、この断固たる大人の権威。でもその権威に重みが出るのはそれを振るう大人が地に足をつけてしっかり生きていてこそだろう。この豆腐屋のおじいちゃんのように。

他にも魅力的な人は何人かいる。途中まで結構魅力的なのに、過酷な試練に遭って弱くなり、ただ人にすがり残念な結末を迎えてしまう人もいる。「艱難汝を玉にす」という言葉があるけれど、この話ではまさに艱難に遭って強く思いやり深く人としての高みに上っていく人と、その反対の人とが描き分けられている。

なんら責められる落ち度もなく誠実に生きていた人が悲劇に巻き込まれて読む側としてつらいところもあるけれど、犯人を追い込む場面は爽快だし、理不尽な試練を乗り越えて強さを得た人たちには前途の希望を感じさせてくれる結末でほっとでき、そして『模倣犯』というタイトルが「こういうことだったのか!」と深く納得。やっぱり宮部さんはすごい。