よんばば つれづれ

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救急車に乗ってしまいました

退職していちばんやりたかったことに「演劇」がありました。私はもともと専業主婦志望で(私が若い頃はまだこれが普通でした。母も姉もそうでした)就職は結婚までの腰掛としか考えていなかったため、ごく平凡な会社勤めをほんのちょっぴりして、そして恋愛をし、親の反対を押し切って若くして結婚してしまいました。その後運命のいたずらで二十代の終わり頃からほとんどずっと働いてきたのですが、何の資格も特技もなく行き当たりばったりにさまざまな仕事をしてきたため誇れるキャリアもありません。

こんなふうにずっと働くことが分かっていたら、若いうちからもっと面白い仕事に就くんだったという話をするとき、必ず私がやりたかった仕事としてあげるのが「動物飼育員」と「劇団員」でした。そして今回退職後何をしようか考えた時、飼育員の方は無理だけど、劇団員は趣味としてならできるじゃない!と思いついたのです。

そんな訳で、ちょっと照れくさくてまだここでは触れていなかったのですが、今月から劇団の一員になり練習に出掛けています。通常は週二回なのですが、来月の初めに公演を控えている今は週に三回練習をしています。途中参加の私は役も役目もありませんが、ストレッチと発声練習をして、そのあとはひたすらみんなの練習を見物しています。

昨日はその稽古日だったため、練習を終えて帰宅する途中でした。電車を下りて横断歩道の信号が青になったので渡っていたところ、右折の自動車が発進してきて私に気付かなかったのかスピードを落とさないまま突っ込んできたのです。驚いて避けようとしました。ギリギリ避けられたかなと思ったのですが、ドアミラーが私の右手に引っかかって私はそのまま仰向けに道路に倒れてしまいました。こんなときとっさにどうすればいいのか混乱するものですね。右のひじあたりと腰と後頭部を打ちました。「大丈夫、大丈夫」と帰ることもできそうでしたが、頭も打っているし、年だから腰も心配、あとから調子が悪くなって苦しむこともあると聞くし・・・などと私が思い煩っている間に、通りがかって事故を目撃した帰宅途中と思われるサラリーマンらしき方が、ご自分の携帯で救急車を呼んでくださいました。車を運転していた方も慌てて降りてきて「ごめんなさい、ごめんなさい」とおろおろしています。若い男性です。ちょうど交番のまん前の信号なので、その人はすぐ交番に走りましたがあいにくおまわりさんが不在だったようです。どうすればよいか分からずおろおろするその運転手にサラリーマンらしき方がてきぱき指示をしていらっしゃいました。救急車が来て私が乗り込むのを見届けてその方は去っていかれたようですが、こうした場合冷静な当事者以外の方の存在ってありがたいものだと痛感しました。

救急車だなんてなんか気恥ずかしいです。この程度で税金使って申し訳ない気もします。救急隊の方に大したことはないと思いますと伝えましたが、いちおう血圧や脈拍、体温(これがオデコで、しかもあっという間に計れちゃうすぐれもの、初めて見ました)を計り、よくテレビの医療物で見る、人差し指の先を入れるコードの繋がった計測器みたいのをつけられました。(大袈裟でハズカシ・・・)で、最近新築の建物に移ったばかりの地元の大きな病院に運ばれ、問診とレントゲン検査を受け、湿布薬をいただきました。明日何か変わった点が出てきたらまたいらっしゃいとのことで、ま、要は大したことなさそうです。

相手の方のお父さん、お母さん、お姉さん(たぶん)お姉さんか妹さん(かな)まで駆けつけていらして、恐縮していらっしゃいます。ナンバーを見るどころではないとっさのこととて、知らん顔して逃げられてもどうすることもできないのだから、その点「すぐ飛んできて謝って、とても心配してくれて、優しい息子さんですね」とお母様に言うと「そう言って頂くとありがたいです」とおっしゃっていました。息子さんの車の直前を右折のトラックが横切って私に気付くのが遅れたようです。そうするとそのトラックがいちばん悪い(そのときすでにそちらの信号は赤だったはずですから)のに、そのトラックは不問って不条理です。人生には運ひとつと思うことがよくあります。今回も私が歩き出すのがあと0.5秒遅かったら、確実に轢かれていました。そう思うとぞっとします。私も相手の運転手も事故は不幸なことでしたが、それでもこんなに軽く済んで幸いでした。振り返ると私の人生はいつも紙一重のような状況でひどいことにはならずに済んでいるような気がして、亡くなった父や兄が守ってくれているのだろうか、それとも神様のお陰なのだろうか、なんにしても感謝感謝!です。