よんばば つれづれ

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結局人なんだ・・・

今朝の「がっちりマンデー」で、先日の小田急電鉄の「開かずの踏み切り地下化」の舞台裏を見ました。下北沢駅周辺は建物が密集していて大きな重機は使えないため、当日の最終電車が通過し終わったあと、人海戦術で線路の敷石をのけて、そのあとこれまた人海戦術でレールを傷つけないよう、ちょっとずつちょっとずつ地下へ入る新しいレールの方に移動させて繋いだのだそうです。

電車を一本も止めることも遅らせることもなく、早朝4時の試験運転走行までに全ての作業を滞りなく成し遂げたのは、ほとんど人間の力なのでした。緻密で真面目な日本人ならではの職人技と携わった人々の熱意のたまものにほかなりません。試験走行に乗り込んだ社長さんならずとも、思わず熱いものがこみあげてしまいました。

親の反対を押し切って結婚し最初に住んだのが、小田急線の相模大野と東林間の中間あたりにある小さな借家でした。夫の実家も遠く頼れる人もあまりない、心細くて世間知らずの若い二人でしたが、親切なご近所に恵まれ、里帰り出産しない初めての子育ても、おばあちゃんがわりの近所の先輩お母さんたちがいっぱい助けてくれました。買い物、通院、レジャー、何をするにもマイカーを待たない都会暮らしでは小田急線が本当に身近な存在だったので、温かかったご近所さんたちとともに、懐かしく思い出します。


チェスや将棋はコンピューターに人間が勝てない時代になったようですが、それでもまだまだいろんな分野で最終的には人の技や勘がものをいうようです。職人やアスリート、学者といった仕事はもちろんですが、一般の企業でも、扱う商品の質や価格もさることながら、結局はその組織がどういう人間で構成されているかということがとても大切な気がします。

中国人の観光客のマナーの悪さが、あちこちの国で顰蹙を買っているという記事を目にしました。「国」というものもそれを率いているリーダーや代表する巨大企業から受けるイメージもありますが、国を構成する国民ひとりひとりの人間の質も大切です。日本の中間層は随分崩れてしまったと思うけれど、それでも一昨年の震災時の日本人の辛抱強い行動に外国から多くの賞賛が寄せられたように、まだまだ世界的に見れば美しい国民性を保っているように思います。それなのにほんの一握りの人の考えの足りない行動が日本へのイメージを下げることになるのは残念です。学問は質の高い人間になる大切な手段のはずなのに、最高学府で学ぶ人たちがたかがブログやツイッターのネタ欲しさに浅はかな行為をするのは本当に悲しいことです。

成熟期に入った日本ではアベノミクスだろうが何だろうが、かつてのように物がどんどん売れる時代は来ないでしょう。政府がどんな手を打っても、女性がサクサク結婚してジャンジャン子どもを生むということもないでしょう。政府も企業もいつまでも国家の枠に縛られている日本は、これからも国際的な経済競争では負け続けていくことになるかもしれません。厳しいグローバル競争の中で日本が生き残るのは、やはり世界にも類を見ない変わった国であり続けることが大切だと思います。

みんなこうだから・・・よその国はこうだから・・・と流されるのではなく、自分の頭で考え判断できる人間、質の高い人間をつくるのはやはり教育以外にありません。夏には参院選がありネットでの選挙活動も解禁になりましたが、教育についてがもっともっと大きな論点になって欲しいと思います。