よんばば つれづれ

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みをつくし料理帖 『夏天の虹』

高田郁さんの人気シリーズの第七巻です。

おもしろくて読み始めたら止まりません。江戸末期を舞台にした女料理人「澪」の成長物語です。登場人物にはほとんど悪い人はいないのですが、次から次へと「これでもかっ」というほど主人公の身の上に困難や悩みがふりかかります。去年の大震災の悲惨さを見た今、大水で両親を失った主人公には妙なリアルさを覚えますが、それでもなお、平和自由ボケの現代人には主人公の辛さや悩みはきちんと伝わらないかもしれません。

だいたい想い人か料理の道か、ふたつにひとつだなんて。今なら簡単にどっちも取れてしまいます。いったんは女としての幸せを選びながら、料理への情熱やはり捨てがたく・・・。その後の展開は、現代の読者にはともすると主人公を身勝手とか卑怯とか思わせてしまうかもしれません。厳然たる身分社会のあの時代には、ああでもしなければ収まりがつかなかったのでしょう。相手を思うからこそ自分の非をわびたいと思ってしまう主人公を、せっかくの相手の努力を無にせぬよう諌めるご寮さん「芳」。このご寮さんといい、「つる家」の手が足りない時に現れる「りう」さんといい、脇役が魅力に溢れているのもこのシリーズの魅力の一つです。

ストーリーは読む方も身をよじりたくなるほど辛いことが続くのですが、なぜかいつも温かいものも感じ続けられるのは、登場人物それぞれに優しかったり厳しかったりの違いはあれど、相手を気遣う思い遣りと、主人公が作る料理からあふれる滋味、滋養のなせる業でしょう。「食」をテーマにした映画にも名作がたくさんありますが、やはり料理と言うのは単に腹がふくれればいいとか、必要な栄養がとれればいいというものではなく、いのちとか喜びといったことに深く関わっているのだとしみじみ思い知らされます。ちまたにお手軽便利な食材、食品が広がっていったグラフと、日本の家庭や地域が力を失っていったグラフとを作って重ねることができたなら、たぶんきれいに重なるでしょう。

火星表面での作業の様子が、リアルタイムで驚くほどきれいな画像で見られるほどテクノロジーは進み、女性が自由に家庭も仕事も両方取りできる時代になっても、やっぱり人生はなかなかあれもこれも手に入れることは難しいようです。便利な道具があってもおいしい料理はそれなりに手間隙かかるし、親子とか地域とかの人の絆というものも、めんどうな日々の小さな関わりの積み重ねでしか築けません。思い通りにはならない人生を生きていく力を生む源は、お湯を注いで3分待てば得られるものではありません。


高田さんの作品を読むと、明日からもっとあったかい人になろう!と思います。食べることをおろそかにしないように!と思います。(でも一人だとついつい手抜きになってしまうのですが)